1.


「パパ、パパーっ!」

 階段を転げるように駆け下りて、階下ですれ違った母のはる香には「なぁに、行儀が悪いわねぇ」と注意されながらダイニングへと飛び込む。
 めずらしく家で朝食をとっていた祐一朗は、亭主の貫禄かたんなるポーズか新聞を広げながらコーヒーを飲んでいるところだった。
 そこへ騒音と共に走りこんできた息子の姿に対する第一声は、のんびりとした調子の「おはよう」の挨拶だ。
 ああ、ここでまた両親の深い愛情を疑ってはいけない。
 熱斗がいかに現在いっぱいな状態かを悟って欲しい心境ではあったが、この両親相手には察してもらうよりも直接行動で示したほうが遥かに早いのだ。

「パパ! それどころじゃないんだってば!!」

「どうした熱斗、ずいぶん慌てて。変な夢でも見たのか?」

 夢?
 言われて一瞬疑うけれど、しかし先ほどのリアルな光景はたぶん夢などでは片付けられるものではなく・・・確かに、現実のものとして熱斗の前に存在していた。
 ぐっと詰めた息を必死に飲み込み、ぱくぱくと言葉を探して口を動かせば、後ろから入ってきたはる香に「あら、熱斗お魚さんの真似?」と満面の笑顔で尋ねられた。本当にこの親のペースにあわせるのは、十年余り家族をやっている息子であったも時折困難なことがある。

「そうじゃなくてっ!!」

 どう説明すれば。
 とにかく混乱している熱斗は、事態を正確に説明するだけの理解すらまいは無いのだ。
 こんな時にロックマンが居てくれれば、代わりに筋道立てて話をしてくれるのに・・・と、元凶であるはずの本人につい助けを求めたくなってしまう。
 すると、熱斗の必死の心の叫びが聞こえたのかどうかはわからないが、トン、トン、と軽やかな足音で階段を下りてきた人物の存在がその場を収めることとなった。

「おはよう、パパ、ママ」

 にこり。
 もう一度満面の笑みで、朝の挨拶。
 先ほどと寸分も違わずさも当然のような自然な仕草で家族の風景に溶け込んでいる。
 二度目ともなれば少しは落ち着いて観察する余裕も出来ていたが、見返してもやはりその人物は普段見慣れた相棒の姿で。

「ロック・・・マン?」

 確かめるように呼びかけると、嬉しそうに目を細めて微笑まれる。
 その顔がいつもよりも近く等身大なことに、どきりと心臓が大きく波たった。

「ああ、おはよう」

「おはよう。夕べは良く眠れた?」

 明らかに異様な光景でも、全く動じた様子を見せない祐一朗たちに、熱斗は驚いて振り返る。

「パパ、ママ! どうしておどろかないの!?」

 すると祐一朗は心得ていたとでも言うように熱斗の肩を抱き寄せ、椅子へかけるように促した。続いてはる香ももう一人・・・ロックマンの背中を押してダイニングのテーブルへと誘う。
 朝一番から、こうして波乱のままに光家の家族会議は始まったのだった。









***









「新型プログラムの実験・・・?」

「ああ、そうだ」

 説明された事柄はにわかに信じ難いものではあったが、目の前に実物を見せられては否定することも出来なかった。
 科学省で祐一朗が長年かけて開発してきた、ナビの実体化システムが試作として完成したのだという。それは空気中の元素を微力な磁場により集め、固定して、与えられたデータに基づき再構築する。物質固定プログラムと銘打たれ調整段階まで運んでいるのだと、祐一朗は語ってくれた。

「それをロックマンに組み込んだの?」

「お前に相談してからとも思ったんだけどな」

 困ったように微笑みながら、隣りに座りマグカップに両手を添える少年へと視線を投げる。

「ごめん熱斗君。僕が頼んだんだ、パパに」

「ぜひテスターとして使って欲しいとね」

「・・・そうなんだ」

 まだ全部を受け入れるにはあまりに衝撃な出来事だったが、説明されれば次第に納得していった。
 何よりも同じ世界で同じ地面に立っている、それが嬉しい。

「まだまだ経過を見ていかないといけないけど、数日間のテストで良い結果が出れば実用化もそう遠くないはずだよ」

「ほんと!?」

「ほんと、パパ!?」

 ほぼ同時に身を乗り出して叫んだ息子たちに、目をぱちりと丸くして祐一郎は次の瞬間、噴き出してころころと笑い出した。

「ああ、保障は出来ないけどね。頑張ってお前たちの希望が叶うようにしてみせるから」

 きっとこうあるべきだった、家族の姿。
 揃って、肩を抱き合い、たわいの無い会話に笑いあう。そんな普通のことすら実現すること無く、先立ってしまった息子。
 それがこうして加わり今幸せそうに笑っている。
 祐一郎はまぶしそうにその姿を見つめ、そして隣りに寄りかかるはる香に、そっと微笑みかけた。





 ため息をつくような幸せの中、その部屋は確かに光につつまれて存在していた。









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コメント▽
少しずつ進めます。やっと冒頭が終わり、本筋を語りたいと・・・; エピソード色々考えてるんでどんどん書いていきたいです。
まるきりMy設定ですみません;;;

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