2.


 とりあえず、お互いに話をしてみなさい、と。
 詳しい説明も無しに祐一郎は熱斗を自室へと押し戻した。

(そりゃあ、オレが聞いたってちんぷんかんぷんだろうけどさ)

 実験と一言に表されてとりあえずは納得したものの、実のところまったく要点がつかめていないのが正直な感想だ。
 たとえ事細かに内容を聞かされても、小学生の熱斗には理解しきれないに決まっているのだが、それでも大事な相棒の身に起こった出来事である。何の相談も無しに進めずに一言だけでも相談して欲しいと思ったのは、我侭なのだろうか。

「・・・・・・」

 部屋に入ってからずっと続いている沈黙が重くて、痛い。
 つい先ほどまではにこやかに家族の輪の中に居たロックマンも、今は神妙な面持ちで熱斗の様子をじっと伺っているようだった。

「あの・・・」

 熱斗がぽつりと声を発すると、それに反応してびくりと肩が跳ね上がる。それに驚いて熱斗の方も、続く言葉を飲み込んでしまった。

(き・・・気まずい!)

 PETを介してならば常に交わす言葉でも、何故か同じ目の高さに相手の視線があると緊張してしまって、まるで初対面の人間を相手にしているみたいな気がする。

「ごめん、熱斗くん!」

「えっ」

 突然、今までずっと黙ったままだったロックマンががばりと手をついて謝ってきたことに、熱斗は驚き固まってしまう。
 何を謝罪されているのか、検討もつかなかったのだ。

「ごめん、本当に・・・オペレータの熱斗くんの意思も聞かずに勝手なことして・・・」

「ロックマン・・・」

 そこまで聞いて初めて、熱斗はロックマンがナビとして過ぎた行動を取ったことに対する非を詫びているのだと気がつく。けれどそれは、彼らの間柄にとっては遠慮するような行為ではなかった。

「待ってよ、ロックマン。確かに一言相談して欲しかったなぁってのはあるけどさ。オレ達そんなこと遠慮する仲じゃないだろ?」

 あまり変な気を使うんだったら、逆に怒るぞ。
 暗にそんな意味合いを含めて話すと、頭を下げたままだったロックマンはようやくそろりと頭をあげて、熱斗の顔を真っ直ぐに見てくれた。
 それが嬉しくて笑うと、鏡に映したようにロックマンもまた微笑む。
 こうして同じ高さで見ると良く似た顔をしている、双子の相手の顔は、まるで自分がもう一人そこに居るようで不思議な感覚だった。

「でも、熱斗くんさっきから難しそうに唸ってたし。ずっとこっち見ないし。・・・怒ってたんじゃない?」

 そのように指摘されて始めて、熱斗は自分がとんでもなく不機嫌そうなオーラを放っていたらしいことに気づかされた。
 本人としてはまったくそんなつもりは無かったのだけれど、確かにはたから見れば怒っているようにも見えたのかもしれない。
 慌てて誤解を解こうと、両手を大きく振って「違うんだよ」と叫び、自分が考えていたことを正直に説明することにした。

「だからさっきのは・・・えーと」

 けれど、まだ自分の中で整理しきれていない事柄を言葉にするのは難しい。
 そして数分間自問自答を繰り返し、ようやく自分の中で言いたい言葉を見つけた熱斗は、その内容のあまりの子供っぽさに一人でかぁっと頬を赤くした。
 そんな百面相をじっと見ていたロックマンは不思議そうに首を傾げて、けれど何も口は挟まずに、熱斗が話すのを待っている。
 そのいつも通りのさりげない優しさに後押しされて、熱斗はひとつだけ浮かんで残った希望をロックマンへと伝えた。

「怒ってたとかじゃなくて・・・単に驚いただけ。だって今はこうして触れることが、すごく嬉しいんだ」

 そっと触れる掌は、普通の人の身体と同じように柔らかく、温かい。
 その感触がたまらなく愛しくて触れた指先で優しく撫で続けると、触れていた温かな感触が逆に包むように回されて。
 撫でていた指先はその両手に握りこまれていた。

「熱斗くん・・・。うん、ボクもそれが一番嬉しい。熱斗くんに、こうして触れることが・・・」

 より確かな温もりが2人の手の間で溶け合っていく。

「・・・なぁ、ロックマン。ひとつだけ、お願いがあるんだけど」

「何?」

 何でも聞いてあげるよ、と嬉しそうにニコニコと微笑むロックマン。
 熱斗が怒っていなかったという事と、さっそく頼られたことが嬉しいのだろう。

「えっと・・・その・・・」

「うん??」

 言えば僅か数秒のことながら、それをどんな顔で言えば良いのか、悩んだ末に結局はまた頬を真っ赤に染めたまま、熱斗は口を開いた。

「あの・・・さ、その。・・・・・・彩斗兄さん、て呼んでも良い?」

 気をつけていないと聞き逃してしまいそうな細い声。
 普段の彼からは想像もできない弱気な口調で尋ねられた問いかけは、向かい合った少年の耳に零すことなく届いていた。
 そしてそれは、拒む理由も無く嬉しい言葉で。
 その意味をすぐに理解したロックマンは、目を丸く見開き、そしてすぐに嬉しそうに相好を崩した。

「もちろんだよ。それじゃあ、この姿の間は、熱斗って呼んで良いかな?」

 二つ返事で熱斗の希望を受け入れると、同時に自分からも条件を提示する。
 その後、熱斗が笑顔でそれを了解したのは言うまでも無いことだろう。




***




「パパ、ママ。ちょっと兄さんと出かけてくるねっ!」

「熱斗と一緒に近くを散歩して来るから」

 今朝と同じくパタパタと階段を下りてきた足音は、今度はふたつ。
 そして2人の子供が放った言葉に驚かされた大人たちが玄関を振り返った時には、もう既にその姿は門の外へと消えていた。

「兄さんですって」

「熱斗、だって。ママ」

 子供の順応力というのは恐ろしいものだ。
 それをまざまざと見せ付けられた稀代の科学者は、目の前でどんどん成長していく息子たちの姿から数値では測りきれない自然の力を感じ、同時に親としての喜びに眦を下げた。

「ねぇ、あなた。このまま家族4人で普通に暮らせたら、素敵よね」

 ため息をつくように呟いたはる香を見上げると、その目はとても真剣な眼差しで祐一郎を見つめていて。そこには希望と、そして不安の色が混在している。
 おそらくはる香はわかっているのだろう。祐一郎が2人に言った程、この夢の様なシステムの実用は容易ではないことが。

「・・・そうだね。精一杯、頑張るつもりだよ」

 そう答えながらも、苦いものを噛締めたような表情はすぐに見咎められてしまう。
 じっと見据えるはる香に、祐一郎はあえて口には出さなかったことを言わざるを得なかった。

「ただ、あくまでも試作段階のシステム。万全を期しているとは言っても、イレギュラーな事態にどこまで柔軟に対応できるかまでは、今回の結果が出てみないとわからない」

「それじゃあ・・・」

「ああ。テストに問題が無ければ、実用まであと少しなんだけどね」

 すぐとは言うものの、今回問題が起きなくても製品化となれば多くのテストを繰り返さなければならない。実際に熱斗とロックマンが、普通の暮らしを送れる世の中はいつごろ訪れるのだろうか。

「それでも私は、あの子達に未来を示してあげたいんだ」

 たとえ時間がかかるとしても、その希望をしっかりと手に掴ませてあげたかった。
 そしてロックマンもまた、不完全であってもと、祐一郎が提示した条件を飲みテスターを引き受けたのだ。

「・・・どうか、あの子達の望む結果でありますように」

 はる香は無意識に手を組み合わせ、祈るように目を閉じた。
 そしてそれは、家族全員の願いでもあった。









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コメント▽
とろい連載ですみません;; 進展してるようなしてないような。書きたいことはまだいっぱいあるのです。
そして早く光一家以外を出したい。

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