通い慣れた曲がり道。
 いつも通っているその道で人にぶつかったのは、そこが余程のことが無い限り誰も通らないような裏路地だったせいだ。
 本当ならばすぐに謝るはずなのだけれど、顔を上げるなり口を「あ」と開いたまま熱斗は信じられないようにその相手の名前を思い出していた。

「バレル・・・さん?」

「熱斗くんか」

 相手にとっても意外な出会いだったのだろうか。
 少し驚いたように表情を変える様をはじめて見た気がして、この男の名前以外は何も知らないのだと改めて思う。
 考えてみれば不思議な縁だ。
 素性も何も知らないながらも、戦いを通して既に知らない仲ではなく、そして幾度も窮地を救ってもらっていながら、その戦う理由を聞いたことは無い。
 敵なのか味方なのか。
 熱斗自身は彼に対して悪い感情は抱いていなかった。
 機会があれば話したいこともたくさんある。
 ここは願っても無い偶然か、と天の采配に感謝したくなるものの、あまりに突然舞い込んだチャンスは戸惑いの方がまだ大きい。

「あっ」

 ウロウロと彷徨わせた視線が、彼の左腕にぴたりと止まった。
 袖が大きく裂けて赤い色が覗いている。

「怪我、してる!」

 理由とか事情を聞くよりも前に手が伸びていた。
 一瞬身体を強張らせた仕草は、痛みなどではなく周囲への警戒心と習性によるものなのだろう。バレルはけれど振り払うまではせずに、低い静かな声で「大丈夫だ」と答えて目を伏せた。
 その言葉に構わず、熱斗はパタパタと身の回りを探っていき、最終的に頭のバンダナを外して手際よく巻きつけると仕上げに靴紐を解いてきつ過ぎない程度の力で固定する。
 それは素人より余程見事な手際で、おとなしく任せながらバレルは意外そうにその作業を見つめていた。

「救急治療の講義、ちゃんと受けてて役に立ったなぁ」

 その視線を受け止めて、くすぐったそうに笑いながら答えた熱斗は、ネット警察で教わったのだと説明した。

「ありがとう」

「ううん、困ったときはお互い様っていうし・・・あ、それよりも・・・」

 いつかの日は助けてくれて、こっちこそありがとう。
 そうお礼を言い出そうと思ったのだが。
 バレルの懐からPETの呼び出し音が短く聞こえてくると、男はとたんに険しい表情へと戻っていた。

「すまない、ゆっくりと礼を言っている暇も無いようだ」

「え・・・でも・・・」

 怪我をしているのに・・・と続けて引きとめようとする熱斗に、ふわりと大きな手が挨拶のように頬をなでていって。

「また、近く会えるだろう」

 次に見れば既にその姿は角へと消えていくところだった。

「待って、まだ・・・!」

 言いたいことが残っているのに、と。
 慌てて追いかけてすぐ同じ角を回ったのだけど。

「・・・え」

 もう、どこにも彼を見つけることはできなかった。
 忽然と消えたような状況に呆然と立ち尽くす熱斗の脇を、路地に吹きぬく風が通っていく。
 さらりと揺れる、バンダナが無い髪の毛と。
 紐を失って脱げかけた片方のスニーカー。
 これだけ痕跡が残っているのに、まだ彼を捕まえられない。
 まるで白昼夢のように現れ、消える、そんな彼に。

「・・・また、お礼言いそびれた」

 この手が届くのは、彼の言葉どおり近い未来なのだろうか。


end.









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コメント▽

今のうちしか書けないでしょう、とバレルさんが出てくる前に好き放題です(笑)つじつまが合わなくなるでしょうから、本当にいまだけ; 書けるときに書きたいと思って、日記でひっそりバレ熱(笑)


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