ぱちり、と目を開けるとずいぶん遠いところに光がぼんやりと射していた。
 しばらくの間は寝起きの時のように思考が鈍くなっていたため、それが頭上にある天窓からの明かりだと気づくのにだいぶかかる。

「あれ?」

「おはよう、熱斗」

 まるで自然に朝交わすそれのように平和な響きの声が滑り込んできて、ますます現実が曖昧になり。

「おはよう・・・彩斗兄さん」

 まったく普通に返事を返してしまってから、ちょっとまて、と心の中で自らツッコミを入れた。
 とたんに記憶がクリアに蘇り勢い良く起き上がる。

「って、ここ・・・!?」

「うん。ボクたち誘拐されちゃったんだよね」

 さらりと告げる言葉にはやはり危機感は欠片もなく、まるで「辞書忘れてきちゃったんだよね」と言うような気安さに、しかし現状を理解した熱斗はこくりと喉を鳴らした。

「何となく思い出した。学校の帰りに変なおじさんたちに声かけられたんだっけ」

「油断したよ。熱斗とボク2人揃ってるところをあんな強引に連れ去るなんて思ってなかったから」

 学内でも色々と有名な双子の彩斗と熱斗は、クラスが違っていても仲が良いと知られていたが、登下校を共にするのは別の意味もあってのことだった。
 一緒にいたいから、というのももちろん理由ではあったけれど、それよりもこうして兄弟を誘拐しようとする手から身を守るための手段としてだ。
 いまや世界を繋ぐこととなったネットワークを構築した光正。そして生活に欠かせないPETなどを開発し、現在でも開発部門の最先端で活躍している光祐一朗。
 光という名は意外と世間に広く知られており、それを利用しようとする者も中には少なくなかった。
 伊集院炎山のようにボディーガードをつける、というほどに身の回りの危険は近くなかったが、それでも時折このように子供を誘拐して・・・と考える人間がいるので、自衛の策として熱斗も彩斗もあまり1人にはならないようにしていたのだ。
 しかし2人もの子供をまとめて誘拐などと強引なことをされるとは思っていなかったので、この日ばかりは意表をつかれてしまい、気がつけばこの倉庫のような一室に閉じ込められてた。

「くそー、今日は見たい番組があったのに!」

「あれ、ずいぶん落ち着いてるね?」

「・・・彩斗兄さんがそんなだからだよ」

「あはは」

 おそらく犯人たちは身代金の要求か、もしくは脅迫のために出かけているのだろう。ドアの向こうには見張りがいるのか、人の気配はしたけれど、声は何も聞こえてこない。

「さっきまでは数人の話し声が聞こえてたんだけどね。足音がしたし、いま残ってるのは1人だけだよ、きっと」

 子供だと思って甘くみているのだろう。手枷も足枷もなく、自由なままただ部屋に閉じ込めただけで。
 しかも手荷物も通信機器を除いて同じ部屋に放り込まれていた。

「うわー、ずさんだなぁ」

 そっと物音を立てずに歩み寄って鞄を拾い上げた熱斗は、中身を確認して呆れたように言い放つ。
 強引な連れ去り方といい、監視の甘さといい、どう見ても計画は穴だらけだ。

「ま、その方がボクたちもやりやすくて良いけどね」

「そうだけどさ」

 頷きながら、探っていた鞄の底に目的のものを見つけだし、熱斗は苦笑いする。
 これが何かわからなかったとすれば、相当の間抜けだとしか思えない。

「彩斗兄さん、怪我は?」

「まったく無し」

 手をひらひらと振って答え、彩斗は何事もなく立ち上がって見せた。連れ去られる際に当身を受けたのだが、下手な薬剤を使われるよりは後遺症も傷も残らない。
 そればかりは誘拐した男たちに感謝したいところだった。
 もしも下手に傷などつけられようものなら、熱斗も彩斗もお互いに黙ってはいなかったことだろう。

「それじゃあ、熱斗も見たい番組があるっていうことだし」

「あまり遅いとママも心配するし」

 パタパタとほこりを払いながら立ち上がり、揃ってぴたりと扉を見据える。

「脱出作戦・・・」

「開始っ!」

 それから数時間も経たず、犯人たちの使っていたこの建物は完全に管理システムを破壊されて、全員がお縄となり誘拐事件はあっけなく幕となった。
 鞄の中に入っていたのは、それ自体には通信機能の無い小さな端末機である。
 犯人たちもこれでは何も出来ないだろうと思って放っておいたのかも知れない。けれど、兄弟にとってはこれだけあれば十分であった。
 おそらく2人をここへ連れてきた人物たちは知らなかったのだろう。彩斗自信が、ネットワークへアクセスする媒体になりうる、ということを。
 扉に触れた指先から彩斗が建物のネットワークへ侵入し、鮮やかな手並みで制御系統を制圧。
 続けて熱斗がそれらを二度と使用できないまでに書き換えて破壊した。
 逆に建物内に閉じ込められる結果となった犯人たちは、駆けつけた警察官に救助されてそのまま取り調べに直行となったのだった。
 少しやりすぎたかも知れなかったが、これで当分はまた光一家へ手を出すものもいなくなるだろう、と兄弟は手を繋いで家路を急ぐ。

「お疲れ様、彩斗兄さん」

 長居をして色々と聞かれるのは面倒だったので、早々に現場を離れてきてしまった。たぶん、後日呼び出されることも無いはずだ。
 そのあたりの説明は、科学省が何とかしてくれることだろう。
 PETなどのアクセス手段を絶たれた状態で、閉じ込められた部屋の中からシステムに介入する方法など。
 いくら犯人たちが語ったところで、鼻で笑われてお終いであろう。
 なぜならばその「からくり」は、科学省の最重要機密でもあるから。

「あっ。彩斗兄さん、髪」

「・・・あれ、やっぱり繋ぐと戻っちゃうんだ」

 指先でつまんだ前髪は光の加減などではなく、はっきりと透き通るような青色だ。
 最先端技術の結晶が、ごく普通の中学生にしか見えないこの少年自身だなどと、誰が信じられるものか。
 それを知らず誘拐した犯人たちは不運だったとしか言い様が無い。

 その日、熱斗は見たかった番組を無事見ることができてご満悦であった。


end.









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コメント▽

かなり中略ですけど(笑)
最強な双子でどうでしょうか。いけませんか?;;
底が抜けるような強さが好きなのですよ。この2人をどうこうなんて、きっと誰にもできません。
6月はじめに行った兄弟誕生日祝いチャットで、何故か盛り上がってしまった兄弟誘拐話をネタに書かせて頂きましたv
ひそかに連載の世界観とリンクしてます。


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