さらさら。
 笹の葉へ願いをこめて短冊を夜空に流しましょう。




「雨、降ってるね」

「そうだなぁー」

 薄暗く厚い雲に覆われた空は、昨日からずっと小降りの雨が続いていてとても晴れそうな気配は感じられなかった。
 せっかくの七夕なのに、残念だね。
 そう言って降水確率を画面へ表示させたロックマンに苦笑しながら軽い返事をし、熱斗は額にぽたりと落ちた雫を煩わしげに振り払う。
 じめじめとした梅雨を好む人間はあまり居ない。熱斗もやはり、雨よりはカラリと晴れた青空が好きだった。

「メイルちゃんが悔しがるだろうな。七夕祭りでたくさんお願い書くんだって、張り切ってたから」

 数日前に一緒に竹笹をとりに付き合わされた熱斗は、そのときの楽しそうなメイルの様子を思い出して、この日に空が見えないことをどれだけの人が残念がるだろうかと考える。
 星を見るならば寒い季節が良い。
 先日の理科の授業で確かそんなことを言っていただろうか。
 けれど夏のこの季節に見える天体は特別だ。
 空一面に横断する星の帯、天の川。
 明かりの多い街中では細かい星まで見ることはできないけれど、それでも夏の星空は魅力的な星座が数多く並んでいて、人々の心を惹きつけていた。

「熱斗くんも、お願い事いっぱい書くつもりだったんじゃないの?」

 カレーをお腹いっぱい食べたい、とか。
 からかい調子にそんなことを言い、ロックマンは傍らの回線を使って最新の衛星映像を取り寄せてみる。何気なくそれらのデータを眺めていると、不意に良い知らせを発見して、小さく弾んだ声を上げた。
 嬉しそうな響きを持った声に熱斗がPETを覗き込む。

「どうしたんだよ、ロックマン」

「熱斗くん、今夜晴れるみたいだよ」

 ほら、と言いながら画面に大きく映し出される画像データを、熱斗は促されるままに読み上げた。
 雲がいくつかぶつかり合うように上空を覆っているのだが、その流れは時間と共に海へと向かっていることが、そのデータで確認できる。
 どうやら本当にこれから天気は回復に向かうらしい。
 これだけ降っているのに・・・と呟いた熱斗は、これから晴れる予定らしい、厚い雲を眩しそうに見上げたのだった。




 それから陽が落ちるにつれて本当に予報どおり天気は変わり、晴れ間から一番星が瞬くまでになって、熱斗は感嘆の声を上げた。

「本当に、晴れた・・・」

 ぱちくりと目を丸くして首を垂直に伸ばすと窓からは雲ひとつない夜空がどこまでも広がっている。

「メイルちゃんも喜んでたみたいだね」

 先ほどメールが届き、笹を窓際に飾ってガッツポーズを見せる映像が添付で入っていて、熱斗とロックマンは思わず顔を見合わせ笑ってしまった。
 メールの中には「日頃の行いがものをいうのよ!」と彼女らしいコメントがついていたからだ。
 本当に彼女の一念ならば天候を左右するくらい出来てしまうかもしれない。

「・・・しっかし」

 部屋の窓際でカーテンを全開にし、PETを窓枠の上に置いて椅子を引きよせ、カタリと座る。
 街の明かりは確かに星の光を邪魔するけれど、時間も遅いためか照明を落とした家も数多く、思っていたよりは綺麗な星空を見ることができた。
 圧倒されそうな星の群れに、しばらくの間は2人とも言葉も交わさず空を見上げていたのだけれど。
 不意に熱斗が小さなため息を零したことで、ロックマンは意識を室内へと引き戻された。

「七夕って言っても、なぁー・・・」

「あれ、珍しいね。熱斗くんこういうイベント好きそうなのに」

 いつもならば真っ先にはしゃいで、星に願いをかけたりしそうなはずなのに。七夕だというのに短冊も用意していないことを不思議に思っていたロックマンである。
 とても意外そうな顔でそう問いかけると、むうっと口元を尖らせた熱斗に「お前、俺のこと普段からどう思ってたんだよ」と言い返された。
 どうって言われれば、やはり率先して星に完熟マンゴーを願いそうな彼なのだけれど。
 それはオペレーターを擁護するというわけでもなかったが、ロックマンの心のうちだけに秘めておくことにして苦笑の中に隠して誤魔化す。

「ちょっと普段と様子が違うなぁーって思ったんだけど・・・。気を悪くしないでよ、ゴメンってば」

 下手なところで機嫌を損なわれては後で何を言われるかわからない。
 だからフォローとばかりに続けたのだが、ロックマンの言葉に意外なほど素直に反応した熱斗は、やがて沈黙の変わりにぽつりと降参宣言をしたのだった。

「ちぇ、鋭いよなぁロックマンは」

 隠し事は出来ないな、と笑いながら空を見る熱斗の横顔を追いかけるように見上げて、その視線の先を辿ってみる。
 夜空を眺める目に反射する光は星々の輝きだけれど、それを見る彼の表情は時折何かを感じては僅かに曇るのだ。
 じっと見つめる視線は何かに集中しているようで・・・。

「あ」

 その「何か」に気がついてしまったロックマンは、上げてしまった声にも動かずにじっと佇む熱斗を静かに見上げてため息をついた。

「もしかして、そこに在るの?」

 デューオの青い彗星が。
 率直に問いかけると、振り返った熱斗が困ったように微笑んで、答える。

「あるよ」

 大きな尾をひいて、巨大な彗星が空をまたいでいく。
 七夕の星に覆いかぶさるように留まるそれは、空を見上げれば無視することもできず目に入った。
 それは選ばれた者にしか見ることができない、デューオからのメッセージなのかも知れない。

「ずっと、あそこにいる」

 いまこの瞬間にも、ロックマンの目には見えないものが、熱斗の瞳には確かに映し出されているのだ。
 それが悔しい、という思いよりも。どちらかというとデューオと熱斗の間にある約束事のような繋がりを見て嫉妬してしまう気持ちを持余し、データのノイズのように深いため息をついて目を閉じる。
 そんなことを考えていたものだから。

「ああーっ!!」

「わあっ!?」

 突然奇声のような雄たけびを上げだした熱斗に、すっかり不意を撃たれてびくりと飛び上がったロックマンは、何事かと慌てて外の様子を確認した。

「ああーったく!見てろよ、デューオ!!」

 熱斗もまた、彼なりに何か考えていたのだろう。突然決意表明だけを聞くはめになったロックマンにとってみれば、唐突に大声を出されてとにかく驚いたという心境だったのだけれど。

「絶対、試練も全部クリアして、あの偉そうな彗星を退かせてみせるぜっ!」

 今に見てろよ。
 拳を握りながら誓いを立てる姿にようやく彼らしさを感じとりながら、ロックマンは少しだけ安心して苦笑した。

「そうだね、熱斗くん!」

 笑顔で応えながら、そこには見えない星に対して密かに挑むような視線を送る。




 短冊なんかに託さないで、願いはしっかりと握り締めて。
 ボクにだけこっそりと教えてくれたら、きっと星の光よりも速く叶えてみせるよ。

 1人で願うより、きっと2人の方が強い力を生み出せるから。




 雨雲も、見えない彗星にも、その願いは邪魔できない。




end.









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コメント▽

たなばた・・・小話っ・・・でした;;
もう遅刻というか既に七夕終わっているって感じの時期でしたが;; せっかく書いたしなぁと貧乏根性でアップしてしまったものです。
何が書きたかったのかというと、七夕なのに星が見えないぞーっ!という気持ちをぶつけたかったのです(笑)
今年の七夕は見事に降られました;;;
ですが、8月の流星群の時はきっと・・・!(リベンジ)


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