優しく微笑んで「お帰り」と告げた声に、くすぐったい感触と同時に居心地の悪さを覚えて。
 眩しいくらいの存在に、色濃く自分の影がさらけ出されるような気がした。

「なんでもないよ、お前が無事だったら良いんだ」

 そんな嬉しそうな表情で向けられる心配は別の自分に対してのもので、呼ばれるおなじ響きの名前も、何ひとつ自分のものではない。
 それが悔しいという感情は、別段わいてこなかったのだけれど。
 もしもそれが自分に向けられたものであったならば、と一瞬でも思ってしまったことは、果たしてプログラムに生じたバグのひとつだったのだろうか。

「ただいま、熱斗くん」

 まるでらしくない微笑みを浮かべて、らしくない返答をしてみた。
 画面越しに見つめあう相手は、こちらが入れ替わった別の存在であることに気がつきもしない。それもそのはず・・・もとを正せばおなじプログラムから派生したのだから、違いなど気づくはずも無いだろう。
 もう一人の自分を演じながら、それに対する嫌悪感はどんどん高まっていき、顔をしかめそうになるのを押さえつつ他愛の無いようなやり取りを何度か交わす。
 これが、光熱斗。
 これが、ロックマン。

「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」

 その関係をこれから自分が壊していくのだ。
 まぶしいくらいの輝く存在に、目を細めて彼の表情を仰ぎ見た。




***





 カツ、カツと電脳のパネルを踏み鳴らし、歩いた先にそびえる大仰な椅子へ腰を下ろす。

「ダークロックマン様」

 すぐに背後からかかった声に振り向いてみると、膝をついて頭を垂れるいくつかの影がそこに控えていた。
 それが自分の配下たちであることを思い出し、ゆったりと膝を組みなおして見下ろすと、タイミングを待っていたかの様に言葉が続けられる。

「今回は様子見となりましたが、我らの力を持ってすれば容易い相手です」

「さすがダークロックマン様。あれほどの強大な力・・・足を踏み出すことも出来ませんでした」

 賛辞の言葉。
 自分達の勝利を信じる声。
 愚かではあっても、それらは聞いていて悪い気分になるものではなくて。軽く笑みを浮かべると、手のひらを翳して続く言葉を制した。
 ロックマンを電脳空間に閉じ込めて、自分が入れ替わり光熱斗に接触する。
 それが今回の作戦の流れであった。
 同時に、闇の力に囚われたと演じて自分を消去するように促し、最後には信頼するオペレーターの手自らロックマンに最期を与えるようにと。
 その作戦は大詰めまでうまく運んでいたのだけれど、唯一の誤算は彼らの絆が思ったよりも厄介だったということか。
 プログラムアドバンスによる衝突は、均衡した力でほぼ互角という結果が出た。 

「軽い挨拶には丁度良かっただろうね。これからが本当のはじまりだ」

 これからどのように相手を追い詰めていくのか、考えれば楽しさにクスクスと笑い声が漏れる。
 傷つけて、貶めて、そして最後には完全なる消去を与えること。
 それが何よりの喜びであり、目的であった。
 そのために自分はここに存在しているのだから。

「ですが・・・」

 ふと、あがった声に意識を向けてみると、控えていたダークロイドの一人が顔をあげてこちらを見つめていた。
 疑問のような声に続きを促せば、その問いははっきりと告げられる。

「もっと早くにお呼び頂けると思っていたのですが」

 その言葉にぴくりと眉を寄せて睨み返すと、機嫌を損ねたことを敏感に感じ取ったのか。発言したその者は、出すぎた発言だったとその場で身を伏せて慌てた様子で退室していった。
 続いて他の者たちもそれぞれに姿を消していく。とばっちりを受けてはたまったものではないと、先の実力を見せ付けられて思っていたのか、誰もが彼の力を恐れているようだった。
 人気の無くなった静かな部屋で、一人じっと暗がりを見つめて目を伏せると閉じた瞼の裏にはまだ焼け付くような光が感じられるような気がする。
 それは闇に属するものにとっては煩わしいものでしかなかったけれど。

「どうしてもっと早く・・・か」

 確かにそう思っても不思議ではない。
 いくら騙すための作戦で入れ替わっていたとはいえ、本当ならばもっと早く行動を起こすつもりだったのだ。
 光熱斗を説得できないようならば、最後には自分の手でロックマンを消去してやる予定だった。
 自分からの命令を待って、ずっと生かさず殺さずロックマンを痛めつけるだけに留めていた彼らにしてみればきっと歯がゆい思いだったに違いない。
 それでも。
 あの口から否定の言葉を聞くまでは。

「けどもしかしたらあのまま」

 拒絶されなければ、あのままずっと彼の傍で。
 本当に入れ替わることが可能ならばと思ったのだ。
 もしもこの手が拒まれず、繋ぎとめてもらえていたら・・・。

「夢を見ていられたら、なんて思ったのかな」

 彼のもとが居心地良いと思ったのは、傍にいる自分の闇が色濃く浮かび上がるためなのか。
 今になっては「もしも」でしかないけれど、それでもあの一瞬だけは、何かに願っていたのだろう。

 あと少しだけ、この光の中に・・・と。




end.









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コメント▽

久々の突発黒熱でした。
初登場36話ネタ。見たときに考えてたのに、時間が無くて今更の公開です(笑; すでに腐りかけたネタの使いまわしで失礼します〜;;


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