反動で突き破った天井の、砕け散った瓦礫の間から垣間見える黒い姿に、小さく息を呑んだ音は必至に隠して。

「ダークロックマン・・・!」

 彼は「敵」なのだ、と意識の奥から囁く声に、ふるりと首を振って照準を定めた。

「光熱斗、と、ロックマン」

 心地よい響きと感じてしまうのは、きっと誰かと錯覚しているせい。
 定めた照準が僅かに揺らいだことを感じ取ったのか、クロスフュージョンしているロックマンには隠せることでもなかったのだろう。小さな声で制止する意志が届いて、熱斗はびくりと肩を揺らした。
 そこでようやく、自分が彼一人きりに意識を集中しすぎていたことに気づき、改めて辺りを見回してみる。室内は整然として生活感の無いオフィスルームで、廊下へと抜ける出入り口がひとつ。そこからいままさに脱出を図ろうとしていたのだろう・・・テスラとガウスの親子の姿を見つけて、大体の状況が見えてきた。

「そういうことか・・・っ」

 余裕の笑みを向けてくるダークロックマン。
 ここにガウスやテスラが居るということ。
 そして、熱斗たちが侵入し、ここまでやってきたこと。
 まるでそれら全てを知っていたかのように構える彼の姿に。

「良くやってくれたよ、ガウス・マグネッツ」

 すっかりと騙されてしまったらしい浅はかさに舌打ちしながら、熱斗は視線を再びダークロックマンへと向けた。
 悠然とした表情は相変わらずで、その張り付いた笑顔の下にはどのような思惑が交錯しているのか、読み取ることは難しい。ただ、彼が自分たちに悪意を持って接していることだけははっきりとわかっていた。

(熱斗くん・・・)

 音にはならない、熱斗にしかわからない声でロックマンが心配そうに呟くのを聞きながら。
 その彼自身がいま戦いを躊躇っていることに、熱斗は気がついていた。

(大丈夫。俺は平気だから、さ)

 きっと相手の顔を見ることができたならば、自分は笑えていただろうか。
 柔らかく優しい笑顔を向けられていれば良いと願いながら、熱斗は上げた視線を強く見据えて、もう一人のロックマンに対峙する。
 ぴんと張り詰めた緊張は、たぶんこの部屋の温度を直に感じ取っているガウス親子にも伝わっていたことだろう。ごくりと喉を鳴らす音が驚くほど大きく響いた。

「熱斗!!」

「無事か、熱斗!」

 階下で戦っていた仲間たちも続々と駆けつけてくる。
 その声を聞きながら、熱斗はいっそう張り詰めた気を硬くした。

(熱斗くん)

 再度かけられた声にも、もう答えることはせずに。

「・・・熱斗!」

 そう、仲間たちがいる。
 自分には、この両手を広げていっぱいに、それ以上に守りたい人たちがたくさんいる。
 だからこそ一瞬の迷いや躓きで失敗するわけにはいかないのだ。

「キミたちの紋章はもらったよ」

 まるでゲームの進行を楽しむような、役がかった言い回しに苦々しく眉を寄せた。
 ・・・彼は実際ゲーム感覚なのだろう。無邪気で残酷、それを体現したロックマンの闇の部分。
 そして同時に、ダークロックマンが狙っていたものの正体を知り、容易くそれを奪われてしまったことにギリリと拳を握り締める。いつも自分たちは後手後手に回ってばかりだった。

「もうキミたちは用済みだね。・・・みんなそろって、死んでいいよ」

「・・・っ!!」

 差し向けられた言葉は自分へのものではなかったけれど、まるで心臓をつかまれたように、ひやリとした冷たさが胸に落ちてくる。
 そして反射的に照準を合わせて、指先へと力を込めていた。
 振り払うように引き金を絞り打ちはなった弾丸は、まるで鏡映しの様にぶつかり合い、キィンと甲高い音をたてて弾け飛ぶ。
 キラキラと細かくきらめく光の残像に溶け込むように、電子の欠片となった姿がはじけて消えて、それを見た瞬間へたりと崩れそうになる膝をしかりつけると。

「建物が崩れる!!」

 叫んで熱斗は仲間たちを振り返った。
 重低音の唸りをあげ、建物が崩壊し始めているのだ。
 これもすべて、ダークロックマンが準備していたシナリオなのだろう。

「名人さん、ディメンショナルエリアを・・・」

 施設内のコンバーターが壊れたために強制的にクロスアウトされた熱斗は、脱出のためにと科学省へディメンショナルエリアを再度展開するよう要請する。
 このまま生身でいれば、間違いなくこのビルと運命を共にすることは目に見えていたから。

「みんな、脱出だ!」

 背後の仲間たちへと声をかけると、シンクロチップをスロットへ滑り込ませて意識をロックマンと同調させる。
 流れ込むもう一つの意識が哀しそうに沈んでいるのを感じながら、熱斗はためらいを振り切るようにバトルチップの名を叫ぶと、落下する床と天上の間から晴れ上がった空を見上げて、地を蹴った。

 彼は「敵」なのだと。
 意識の奥から囁く声に耳を傾ける。
 彼は「敵」なのだと、忘れないように幾度と無く繰り返す言葉。
 振り向けはたくさんの守りたい人々がいて。それに大切な仲間たちがいて。
 そのためには立ち向かわなければならない、敵、がいて。

 彼は「敵」なのだと。
 意識の奥で囁くのが、自分自身であるということに。
 熱斗は最初から気がついていた。




end.









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コメント▽

テスラ救出作戦の黒様VS熱斗くんで、もうちょっと会話を・・・!という願いと妄想をミックスしたらこんな話ができました(笑)
せっかくの「敵はロックマン」なのに、もうちょっと追い詰められ具合を出して欲しいですよ!
・・・と当時熱く語ってました。けどこの後の展開でもう素晴らしい感動を頂きましたよ。ありがとうスタッフさま!もう黒熱大好きですvv


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