「何してるんだ、熱斗?」

 待機状態も解除されて、今日はミーティングさえ終われば帰るだけ。
 そんな一息つけた午後のカフェテラスで、ひょいと覗き込んできたライカが怪訝そうに問いかけたのがきっかけだった。

「何って、フォルダの整理だけど?」

 上から覗き込まれた熱斗はというと、頭上からかかる形になった影に画面が見辛くなったためか、少しだけ目を画面に近づけるような仕草をしながら、手馴れた動作でチップを読み込んでいく。
 じゃらりとテーブルに並べられたチップは、なるほど確かにフォルダの整頓なのだろう。次々とデータを確認して隣へと積み上げていく様子を見ながら、納得する。

「それは邪魔したな」

 ライカは素直に詫びた。
 同じネットバトルを行う者として、相手の手の内をこのような形で覗き見ることは礼儀良いとはいえなかったからなのだが・・・。
 けれど熱斗はまったく気にしていない様子で、それどころか「このチップどう思う?」とライカに聞いてくる始末だ。いくら仲間とはいえ、あまりの警戒心の無さにがっくりと肩の力が抜けてしまう。

「邪魔なんかじゃないさ。一度ライカに聞いてみたいこともあったし・・・なぁなぁ、ショット系のチップを多く入れたときは、サポートチップにどんなのが入った方が有利だと思う?」

 ざらざらと音がなるほどに机いっぱいに広げられたチップの山。
 それをひとつずつつまみながら、熱斗は自分なりに考えたらしい組み合わせをいくつも提示していく。それは聞いていても効率の良さがわかるくらいの、洗練された内容であった。
 ネットセイバーとしての自覚がどれほどあるのか、と普段の熱斗を見る限りには感じずには居られない疑問。
普段からの子供っぽさや短絡的な感情を見ていながら、彼がやはり戦士であると確認するのは、こんな時だった。
 いままで積み重ねてきた経験というものもあるのだろうが、一瞬にして自分を有利に立たせるための戦略を編み上げるのは、熟練した大人でもなかなか出来ることではない。

「まあそれも悪くないと思う。しかし、こっちのチップを追加したほうが、もっと戦略に幅が・・・」

「あ、なるほどー」

 ざっと確認したチップの中から数枚を選び出して見せると、それを確認した熱斗は再び考え込んで唸り始める。違う角度からの意見は新鮮なものだったらしく、ああでもないこうでもないと呟きながら、新しいチップを並べ替えていた。
 その様子をしばらくは眺めていたライカだが、ふと疑問を感じ、目を細めると。

「熱斗、聞いても良いか?」

 思ったままに問いかけた。

「何?」

 それでもなお戦略の組み立てに夢中なのか、熱斗は半分上の空のような返事だったが、構わずライカは感じた疑問を言葉にする。

「そのチップ・・・見たところ、メガクラスもギガクラスも含まれていないようだが」

 示した先には熱斗が格闘しているチップの山。
 そこには色々な戦術に対応できるようにか、多彩な種類が取り揃えられていたものの、しかしライカが指摘した通り、希少価値が高いと言われている強力なチップは含まれていなかった。
 世界を守るために日々戦うネットセイバー。
 その彼らには、科学省などから最優先でチップが支給されている。
 高価なチップであったとしても、申請すれば大抵のものが取り寄せ可能なのだ。

「ああ、これは良いんだよ。だって・・・」

 顔を上げて答えようとした熱斗だったが、そのタイミングでPETが呼び出し音を鳴らしてしまい、出しかけた言葉をぴたりと飲み込む。
 どうしたのかとPETに問いかければ、相棒からの返事は父親からの呼び出しという内容だった。

「うわっ、忘れてた。パパから後で来るようにって言われてたんだっけ!」

 バタバタと慌ててチップをかき集め、傍らのバックへと放り込んで椅子をガタリと鳴らして立ち上がる。あまりに慌てたせいか、立ち上がった拍子に肘をテーブルにぶつけて「うぎゃっ」と叫んだ。
 そうしながらも何とか入り口へとたどり着き、後は全力疾走。あっという間に姿は通路の向こうへと消えていく。
 それを呆然と見送って、ライカは台風のような騒々しさにひととき反応を忘れていた。
 結局、言いかけたままで熱斗は行ってしまったので、答えを聞くきそびれたのに気づいたのはだいぶ経ってからのことだったが。

「あいつは仕事と普段でチップを分けて持ってるんだ」

 しかし思いもしない所から声をかけられ、ライカは振り向いた。
 もう一つの入り口から、熱斗の走り去った通路に視線を向けて・・・。
 いつの間にそこに来ていたのだろうか、炎山は苦笑しながらライカに歩み寄る。
 彼のその言葉が、先ほどの自分の疑問に対する答えだと遅れながらも気づいて、ライカは振り向きながら言葉を返す。

「支給品は当然任務以外には使用しない」

 そもそもライカ自信は、訓練と任務以外でのネットバトルも普段はしないのだが。
 しかし炎山は小さく笑うと、そうじゃないと首をふった。

「それとも少し違うかもな。ネットセイバーの給料があればいくらでも買えるはずの高級チップを、あいつは買わないんだ」

「・・・・・・」

 その言葉にライカは押し黙る。
 それはつまり。

「自分の普段の小遣いから、チップを買っているんだと言っていた」

「やろうと思えばいくらでも強いチップが手に入るのにか?」

 彼が持つ特権を行使すれば、それこそ世界にいくつも無い貴重な品でさえも取り寄せることが可能なはずだ。それほどの力を持っているのに、熱斗はそれをしようとはしない。

「周りのクラスメイトにレベルを合わせているのか、と聞いたことがある」

 それを聞いた熱斗は、笑いながら「違うよ」と答えたのだと炎山は言う。

「いわく、ネットセイバーの力はあくまでも世界を守るために持っているもので、小学生のあいつは月々の小遣いで得られるものが本当の自分の力だ、と」

「・・・・・・何というか、なかなかに直球で強引な考え方だが」

 ある意味で頑固。
 しかしある意味では、誠実なまでに真っ直ぐとも言えた。

「まあ考えは人それぞれだろう。強制されているわけでもない、あいつ自身が楽しんでいるルールだ」

「なるほど」

 何となく、熱斗がそれを自分に課している理由が納得できて、ライカは向かい合う相手と同じように微笑む。

 好きこそものの上手なれ。
 そんな言葉があったと思うが。
 熱斗がこだわりを持っているのも、ネットバトルが好きだからに他ならない。それが彼の力の一端とも思えたし、そして何よりここから先も彼がネットバトルをずっと楽しんでいける秘訣とも言える。

「まあ嫌いではないな。そういう考えも」

 あいつらしい。
 そう言って笑った声は、2人分重なって。
 誰もいないカフェテラスのBGMのように、控えめに反響した。




end.









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コメント▽

最近のバトルは良いチップばかり使いまくってるなぁと思ってたので、こんな話を考えてみました。確かに世界を守るためなら良いチップも大量支給・使い放題だろうけど。でも弱いチップを工夫してすごい戦略にしちゃう、そんな熱斗くんが見たいんですよ!!(力説)


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