ふわりと頬をなでた風は、アスファルトの油の匂いがした。

「ここが、ビヨンダード・・・」

 口からこぼれ出た声には違和感があり、少しだけためらうような色が混じる。
 情報を得たばかりのこの世界のことは、集めたデータに従い次第に自分の中に浸透し初めていたが、それは所詮は他人のもの。彼女自身になじむものではなかった。

「急がないと」

 見上げた夜空にはガラスの欠片をちりばめたような無数の輝き・・・星と呼ばれるものらしい。
 天が岩壁で覆われた彼女の故郷ではあまり見慣れないそれに、不思議な感覚は持ったもののそれ以上の感想は沸いてこない。
 ここはあまりにも異質な世界だ。

 どこを見ても見知らぬものばかりで、あの子は不安で泣いてはいないだろうか。

 探し人の面影を思い浮かべて僅かに瞳を揺らすと、硬い地面を踏み切って淡い栗色の髪が宙を舞った。




 異国の地、ビヨンダード。
 その世界で早々に目的への手がかりを見つけることができたのは、本当に運が良い。

 ひと目見た瞬間、あの子だとわかった。

 姿はまったく違っていたが、混じり合う力の色が、確かに覚えのあるものだったのだ。
 その獣のような姿をした「彼」の中にあの子の気配を感じて、少女は安堵すると共に、すぐにでもこの距離を飛び越えて駆けつけたい衝動に駆られる。
 この異国の地では、その場所がどこなのかすらわからなかったのだけれど。
 目の前にいた少年が、「彼」の名前を呼んだらしい。言葉が通じないのはもちろん不便だったが、何よりも相手の持っている「彼」に関する情報が必要だった。
 心の中で謝りながら、そっと手を伸ばす。
 触れた手のひらからピリッとした電気のような流れが起こり、目の前の少年が崩れ落ちて・・・そこから得られた「データ」はまず彼女にこの世界の言葉を理解させる。

「ごめんなさい」

 呟いた謝罪が、彼女のこの世界での最初の一言となった。




 伊集院炎山というその少年が知っていた「彼」は、名を「ロックマン」というらしい。
 この世界ではオペレーターというものが存在し、そしてロックマンには「光熱斗」というオペレーターが存在していた。
 とん、と軽い音を立てて降り立った硬質な石壁の上から、吹き上げる「ビル」風を受け止める。
 この人工的につくられた建物は「ビル」という名称がついていた。
 ひとつひとつ、目にとまるものと情報として得た名前を照らし合わせていく。
 そうしているうち見下ろしたビルの屋上に、扉を開けて現れた小さな影を見つけて、彼女はその思考をいったん停止した。

「あれが・・・光、熱斗」

 呟いた名前は、眼下にいる少年には届かずに風が空高く攫っていった。
 その人影は何かに迷うようにふらふらと歩いていき、屋上の中央で立ち止まると、町の明かりがともる空を見上げている。
 獣となり理性を無くしたパートナーを思っているのだろう。
 静かに言葉もなく立ち尽くし、夜風を受けて立つ姿に思わず声が零れていた。

「光熱斗くん、ね」

 まさかこんな場所でさらに上から声をかけられるなんて、予測もしていなかったに違いない。驚いて振り向いて・・・お陰で少年の顔がはじめてはっきり目に映る。
 彼は頭上を見上げて、彼女の姿を捉えると大きく目を見開いた。

「きみは・・・」

 かすれた声が自分を示しているものだと、数秒遅れてから認識する。
 驚きで覆い尽くされた少年の表情の理由も続けて理解し、彼女は顔には出さなかったもののひそやかに微笑んだ。

 たぶん一瞬でも、重ねて見てしまったのだろう。
 彼がいま一心に気持ちを傾けている存在に。

 電脳世界の光をそのまま映したような、鮮やかなグリーン・・・。 そう、彼女の瞳もまた彼らと同様の色を持っていたから。
 そしてそれは、彼女がたったいまも心配をし続けている、その気持ちにとても近い気がした。

「君は、誰なんだ・・・?」

 月明かりが背中から追いかけてくる。
 こんなにも柔らかい色をしているのに、温度を感じない冷たい明かりだ。
 陰り無く降り注ぐ白い光を目に映しながら、まるでこの自らの身体のようだと、彼女は思う。

「お願い、教えて」

 柔らかい声。
 この世界に合った、自分の声。
 地面を踏みしめる身体。
 それらは確かにいま現在の彼女自身だったけれど、でも全てかりそめのもの。

 温度も無いこの冷たい身体は、太陽の光を借りて輝く月のように不確かで頼りない。
 同じように見えて、けれどどうしても彼女はここでは異質な存在なのだ。
 この夜の空気にも負けないくらい冷たい指先がもどかしくて、次に吹き上げたビル風に紛れて姿を消した。

 あるべき場所へ。
 懐かしい故郷へ早く帰れることを祈りながら。




end.









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コメント▽

OPで見たときから可愛いなぁと思っていたんですけど、謎の少女ってば声も可愛いですね。
人間にはできないような身体能力とか披露してくれたら面白いなぁとか、いろいろと妄想を膨らませつつ。
めちゃくちゃ捏造100%なお話ですみません。
まだまだ予想の範疇を出てないのにマイ設定ですみません;;

そして、何となく予測ははずれの方向に思えてきました最近(笑;
やっぱり人外ヒロインはいけませんか〜(ちょっと残念)


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