※これはGBA「ロックマンエグゼ6」のネタバレを含みます。
 ゲーム未プレイの方はご注意ください。









***









「ねえ、熱斗くん・・・」

「ん」

「みんなに、話さないの?」

「・・・」

 部屋のカレンダーにつけられた赤い丸印。
 それは記念日でも無ければ、誰かとの約束というわけでも無い。
 楽しみにする予定とは違い、それは彼らにとってのタイムリミットを示す印だった。

「きちんと話しておかないと。後悔はできないんだから・・・」

「・・・・・・」

 ベッドに横になったまま壁の方を向いて沈黙する熱斗が、いまどのような顔をしているのか、机の上に乗せられたPETからは見ることが出来ない。
 でも想像することは容易かった。
 たぶん、いまの自分と同じような表情をしているのだろう。

「ボクもこんなこと言いたくない・・・けど、あと何日も無いのに、このままで良いの?」

 返事は期待せず、それでもロックマンは声をかけることを止めずに、何度も優しい口調で話しかける。
 このままその日を迎えれば、熱斗も、そして知らずに居たクラスメイトたちも辛い思いをすることになるからだ。
 数日後・・・彼ら、熱斗とロックマンは家族とともにこの住み慣れた秋原町を去ることになっている。
 突然決まった父親の長期出張は、家族含めての引越しが必要となるものだった。
 それを聞かされた時は2人とも信じられず耳を疑い、そしてその夜はこっそりと部屋で泣いて、引越しが避けられないものかとPETの画面越しに話もした。
 子供の力でどうにかなる問題でないことは、お互い嫌というほど解っていたのだけれど。
 そして急に決まったその別れを、誰にも打ち明けることが出来ず戸惑っているうちに・・・別れの日はもう目の前まで迫ってきていたのだった。

「熱斗くん、ねえ・・・」

 ロックマンが自分の意思でロールたちに話をすることも出来る。けれど、それをしなかったのは熱斗の考えを優先してやりたいという思いがあったからだ。
 熱斗が話せるという覚悟を決めるまでギリギリまで待とう・・・とそう思って、学校でも知らないふりを続け、普段どおりに振舞ってきた。
 それでも・・・。

「もう、今月にはこの町を出て行くんだよ。何も知らないままでお別れなんて、きっとみんなが辛い思いをする」

「ロックマン・・・」

 はじめて熱斗から言葉が返ってきて、ロックマンはPETから部屋の中を明るく照らすように、光度を上げた。
 ベッドの上に起き上がった格好の熱斗が目元を腫らしたままで、こちらを見ている。
 最近眠れないのもあるのだろうけれど、たぶんまた少し泣いていたのだろう。
 鼻にかかったようなくぐもった声で、それでもはっきりとした答えが告げられた。

「決めた。俺・・・みんなには言わない」

「熱斗くん!?」

 告げられた言葉に、ロックマンは驚いて目を見開き、悲鳴のような声で彼の名前を呼んだ。

 このまま町を離れれば、簡単には会えなくなるのに。
 いままで当然のように一緒にいた周りの人々と別れることになるのに、それを告げずに最後の思いでも作らないで良いというのか。

「言い辛いっていうのも・・・正直あるけれどさ」

 ロックマンの言いたいことも十分にわかっているのか、熱斗は問われずとも自分の思いを口にする。
 毎日、毎日、考え続けて。
 らしくないくらいに夜中まで悩んで、伝える言葉を探そうとして。

「でも、それ以上に、俺は最後まで普通どおりの毎日をみんなと過ごしたいんだ」

 出てきた答えは、それだった。
 ベッドの縁から手を伸ばしてPETを持ち上げると、お互いの顔はとたんに近いものになる。
 PETの画面から発せられる緑色の光が、茶色い瞳を淡く照らし出した。

「熱斗・・・くん」

「な、あと数日しか無いんだぜ? 話したらきっとしんみりしちゃって、ふざけあいも、ネットバトルも、ぎくしゃくしちゃうんじゃないかって思うんだよ」

 残り僅かな日常ならば、その最後までをいつもどおりに過ごしたいのだという、願い。
 真っ直ぐにロックマンの目を見て話した熱斗の気持ちに、偽りは感じられなかった。

(・・・仕方ないなぁ)

 迷っている間は数々の言葉がロックマンにもあったのだが・・・熱斗が決断をしたいまとなっては、これ以上何も言うことはできない。
 それはナビがオペレーターに従うというプログラムにそった思考でもあるけれど。それ以前に、弟の望みを叶えてりたいという兄心が勝った結果ではないだろうか。
 どちらにしても、頼まれたら嫌といえないのは昔からのことで、ロックマンは苦笑しながら「わかったよ」と一度だけ頷いた。
 その返事を受け取って、画面を覗き込んでいた熱斗の表情が、ほっとしたように微笑みに変わる。自分の考えにロックマンを巻き込むのが、心苦しかったのかも知れない。
 ロックマンはそんな熱斗を安心させようと、いつも通りの笑顔で呼びかけてやった。

「熱斗くん」

「何だよ?」

 振り向いた熱斗を見上げながら、ロックマンはそっと伝えたい言葉を口にする。

「ボクは、ずっと一緒だからね」

「はは、当たり前だろ。お前は俺のナビなんだから離れるわけないし・・・何よりも、かけがえのない大切な俺の家族なんだからさ!」

 絶対に離れるものか、と答えた力強い熱斗の言葉に、いっそう胸がぎゅっと熱くなる気がして。
 まるで確約のように共に居る未来を告げる熱斗の顔には、微塵も疑いは浮かんでいなかった。

「そうだね」

「そうだって」

 クスクスと布団をかぶったままで笑って、目じりに浮かんだ涙は誤魔化すように拭ってしまう。
 PETの淡い光で照らし出された泣き笑いを、ロックマンは愛しげに見つめて、そっとPETの光を和らげたのだった。




end.









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コメント▽

引越し寸前の兄弟。
言い出せなかったっていうのは、きっとたくさん悩んでいた毎日があったんだろうなぁと思って、その辺を小話にしてみました。


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