※これはGBA「ロックマンエグゼ6」のネタバレを含みます。
 ゲーム未プレイの方はご注意ください。









***









 自分が何者なのか、どこまでが本当の自分なのか。
 わからなくなるくらいに何かが身体を浸食していって、わけがわからず頭がおかしくなりそうだった。
 遠くに聞こえる声は、自分の上げる悲鳴だろうか。
 ときおり混じる獣のような唸りを耳にしながら、その声に飲み込まれたときが終わりのときだと本能が知らせていた。

(熱斗くん)

 すがるところもない場所で、手は何かを求めて宙を彷徨う。
 最後の瞬間に見たのは、涙をいっぱいにためた大切な人の泣き顔だった。

(熱斗・・・くん)

 もう二度とあんな顔をさせないと思っていたのに、また同じ事を繰り返す自分に腹が立ってくる。
 プロトとの戦いのなかでは、もう必死で、熱斗を助けることしか考えていなくて。
 あの時は永遠の別れを覚悟して手を放したけれど・・・。それから、科学省に回収された自分は祐一朗から事件以降の熱斗の様子を聞かされ、どれほど残酷な選択だったのかを痛感することになった。
 もしもあの時、同じ状況で残ったのが熱斗の方だったら。
 その祐一朗の言葉はどんなお説教よりも重く心に響いた。

 それでも、この行動に後悔はしていない。

(ごめん、わがままだけど)

 自分勝手で傲慢な選択だったと自覚はしている。
 どれだけ泣かせてしまっても、どんなに辛い思いをさせたとしても、無事でさえいてくれれば・・・そう望むから、きっと何度でも自分はこうして彼を守るのだろう。

(絶対に守りたかったんだ)

 暴れ狂う獣の本能に、残った力全てを注ぎ込んで抵抗する。
 「これ」を開放すれば、大切なものたちを傷つけるとわかっていたから、なんとしてでも押さえ込むのだと自分に言い聞かせた。この体が負荷に耐え切れず自己崩壊を起こせば、きっと取り込んだ「これ」も共に消えてしまうはずだと。

(・・・・・・?)

 ふと、強大な力を持っていた獣の支配が弱まった気がした。

 自分の力が相手を上回ったというわけではない。たった今まで、こちらの情勢は明らかに不利だったのだから。
 まるで上から押さえつけられていた蓋を取り除かれたように、ふっと意識が軽くなって、顔をあげるとあたりはいつの間にか僅かに明るさを取り戻していた。

「電脳・・・獣」

 灰色の空間に威厳を感じさせながら鎮座する、巨大な獣。
 それは荒れ狂ったときとは違い、周囲から「神」と呼ばれたに相応しい風格を漂わせていた。
 見上げるほどの巨体は、堅く目を閉ざして、内に秘める強大な力も今は息を潜めているようだ。それでも有り余るエネルギーは獣を覆い、ぴりぴりと周囲の空気を帯電させていたが。

「ボクは、お前を抑えこんでみせる」

 声が聞こえた気がした。
 いや、気のせいなどではない。それはずっと、最初からずっと自分を呼び続けていた声だ。
 それを感じながら、目の前の獣を強い意志を持って睨みつけ、負けない戦いを決意する。

「絶対に、抑えてみせるよ」

 はっきりと耳に届くのは、最後に泣きながら自分を呼んだ、同じ声。
 けれど今はもっと強く、この闇から引き上げてくれるように、まっすぐ此処へ届く。

「諦めないって気持ちを受け取ったから。だからボクは負けない」

 眠れる獣を最後に見て、静かに目を閉じる。
 もう一度目を開いたら、最近ようやく見慣れてきた新しい熱斗の部屋だった。
 心配そうに覗き込む祐一朗の顔を、しばらくぼんやりと眺めて・・・。

「おかえり、ロックマン」

 呼ばれた名前に、やっと意識がはっきりしてきて、ぱちぱちと瞬きをくりかえした。

「パ・・・パ・・・?」

 声がはっきりとしないのは、まだプログラムの最適化が終わっていないせいだろう。急激に増えたデータ量にあちこちが過負荷で痛かったし、処理が追いつかず発熱している気がする。
 体の不調に顔をしかめたこちらの様子をわかっているのか、祐一朗はパソコンの前に座ると優しく微笑んで「大丈夫だ」とキーを叩き始めた。

「いまはまだ新しく増えたデータのせいで不調かも知れないが、最適化が済めば楽になるよ。・・・よく頑張ったな、彩斗」

「パパ・・・」

 またこの声を聞くことができるとは思わなかった。
 いつも、こうして戻ってこれたときは心からそう感じる。
 あと何度、このような覚悟を自分はすることができるのだろうか。

「パパ、ずっと熱斗くんの声が聞こえてたんだ」

 思えば、あの場所で聞こえていたのは・・・。
 苦しむ自分の悲鳴。
 荒れ狂う獣のうめき。
 ・・・・・・そして、途切れることなく名前を呼び続ける、彼の声。

「ボクがもうだめだって諦めそうになっても、熱斗くんが呼んでくれたから、頑張れたよ」

「・・・そうか」

 多くのエネルギーを消費したためか、眠くて仕方が無い。
 まだまだ話をしたいことがあるのに、目蓋は意思に反して下りてくるのだ。
 そんな風にうとうととしていると、寝ていなさいと声が降ってきた。
 いまはまだ休息が必要だからと。

「ねえ・・・パパ。熱斗くんは?」

 言われたとおり、後の処理を任せてスリープモードに入ろうとしながら、気がかりだった熱斗のことを聞いてみる。目を覚ましたら一番に飛び込んできそうなものなのに、何故かまだ一度も顔を見ていなかったから不思議だった。
 あれだけずっと聞こえていた声も、いまはまったく感じられない。

「熱斗なら、いまはそこのベッドでぐっすり眠っているよ。ずっと、お前につききりだったからね」

 祐一朗の視線を追うと、部屋の反対側にあるベッドの中で寝息を立てている熱斗の姿を見つけて、ようやく安心した。
 いつもは寝相が悪いはずの熱斗だが、いまは身じろぎもせずに深い眠りの中のようだった。
 目元がかなり疲れた様子なのは、祐一朗の言葉どおり、あれから一睡もせず自分に声をかけてくれていたからなのだろう。

「目が覚めたら、ゆっくりと話をしてやりなさい」

「・・・うん」

 お礼も、謝罪も、これからのことも。
 また話をすることが出来るのだから、全部きちんと話をしよう。
 勝手に選んでしまったことを彼が許してくれなくても、全部話して、しっかりと謝ろう。

 カタカタと鳴るキーボードの音を子守唄に、スリープモードへ入る。
 眠る耳元には、まだ強く呼びかける彼の声が残っている気がした。




end.









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コメント▽

獣化イベント直後の兄弟。
・・・って、熱斗くんはまったく出番なしですが;
事件が起こってからもずっと走り回っていたのに、それからロックマンを取り戻しに奔走して、そしていやしの水を取りに行ったり、その後も夜明けまで付きっ切りで声をかけ続けた熱斗くんの必死さに涙でした〜vv
もう声だって枯れちゃいますよね。あれだけの時間叫び続けたら喉から出血しますよ。きっとなりふり構わず兄さんのことで一杯だったと思います。
そして、ひとあし先に意識を取り戻した兄さんは、自分のために必死だったという熱斗くんのことをパパから聞かされて、嬉しかったり、自己嫌悪したり。
そんな感じで。(いつもながらこんな兄弟ばかりでスミマセン;;)


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