※これはGBA「ロックマンエグゼ6」のネタバレを含みます。
 ゲーム未プレイの方はご注意ください。









***









 目の前に現れた、自分のナビに目を丸くして驚き。
 そいつは、涙の滲んだ瞳を細めて、とても柔らかく微笑んだのだった。




「コジローくん、コジローくん。もうみんな怒ってないッスよ?」

「うるせー!」

 後ろから同じ距離を保って追いかけてくる声に、イライラした気持ちをそのままぶつけて、歩くスピードをいっそう速める。すると声の主は「待って欲しいッス〜」と情け無い調子で叫んで、パタパタとせわしない足音が続いて響いてきた。

「・・・コジローくん、意地悪ッス」

 呟かれた文句は聞かなかったことにしておいてやる。
 明日太が言うとおり、クラスのみんなが怒っていないことはわかっているのだ。
 学校を突如悲鳴と混乱に陥れた、警備ロボットの暴走事件。
 炎に逃げ惑うクラスメイトたちの前で、堂々と転校生に啖呵をきったコジローは、この騒ぎの主犯であることを自ら暴露してしまっていたのだが・・・。

 ――― みんな、ロボットの暴走は食い止めたぜ。もう大丈夫だ!

 それはもう鮮やかな手並みで、サイバーワールドを汚染していたナビを撃退した転校生は。

 ――― コジローが助けてくれなかったら、本当にどうなることかと思ったけどさ。なっ?

 あれほど悪意をむき出しに接していたことにも、非難ひとつ漏らさずに。

 ――― ありがとう、コジロー。俺たち、もう友達だよな?

 どうしてあれほどの笑顔を見せられるのだろうか。

「コジローくん・・・??」

「うるせーよ、明日太」

 いつの間にか歩みが遅くなっていたことを訝しがって、小声でひっそりと問いかけてきた明日太には、とりあえず短い答えを返しておいた。

「変なヤツだよなぁ・・・熱斗って」

 そして、思ったままの感想はつい声に漏れてしまっていたらしい。

「そうッスね。熱斗さんはボクたちと違って凄い人ッスよ」

 後ろでしっかりと聞いていた明日太から、少しだけ的のはずれた返事が戻ってくる。
 凄いヤツだってことはコジロー自身も認めていたから、特に否定はしなかったが。
 そして、どうせ会話をするきっかけが出来たのだからと、コジローは立ち止まると振り向かないままで後ろへ声を投げかけた。
 校舎の裏口にあたるこの場所は、ある抜け道を通らないとセキュリティにひっかかってしまうため、普通の生徒は入ってこない。その抜け道というのはもちろん、コジローの取って置きの秘密であった。知っているのはたぶん、こうして一緒にいる明日太くらいだろう。

「あいつさ、コピーロイドにかなり驚いてたよな」

 この町に住んでいるコジローたちには当たり前である技術。
 外から来た人間は確かに驚くものなのだろう。
 その予想にたがわず、目を大きく開いて驚きを顕にしていた転校生・・・。

「・・・熱斗さん、と、そのナビ。泣いてたッスね」

「・・・・・・ああ」

 頬を抓られたから痛くて涙が出たのだと、熱斗自身は叫んでいたけれど。先生がクラスのみんなに声をかけていた間、伏せられた顔に垣間見えた表情の真剣さは、とてもそれが真実だったとは思えないものだった。
 たぶんあの場で気づいたのはごく少数の者たちだけだろう。
 彼を敵視していたコジローと。
 彼にコピーロイドの説明をするために、席を立っていた明日太。
 2人ははっきりと、俯いた熱斗の表情を見ていたのだ。

「変なやつだぜ」

 ロックマン、という名を持つ彼のナビも、同じように感動して、涙を浮かべていた。
 いくらカスタムナビとはいえ、初めてのコピーロイドの使用であそこまで感情が豊かに表現できるものなのだろうか。それほどに立っている姿は自然なもので、そしてまるで生きた人間のような表情に目を見張った。
 他のものたちも口々に話していたようだが、あんな自然体なナビは見たことがないとコジロー自身そう思う。

「けど、泣いてても、すごく嬉しそうに笑ってたッス」

 やっぱり、大切なナビと触れ合うことが出来て、感動してたッスかね?
 とりあえず納得しようと、自分なりの答えをつけてみたらしい明日太は、言った内容に満足したのか一人でうんうんと頷いている。
 しかし、もちろんコジローはそんな理由では納得しなかった。

「・・・嬉しい、か」

 確かにあれは嬉しいという表情だったのだろう。
 けれど単純な驚きと、感動だけではない。
 様々な感情が混ざり合ったような、ためらいと驚きと・・・喜びと。何がそれまでに彼らを動かしたのかはわからなかったけれど。

 新しい転校生は、謎な部分ばかりだ。
 まるで野生の猫が警戒を強めるように、未知の存在に対してイライラが収まらなかったのは、そのせいもあるのかも知れない。

「本当に、わけわかんねーよ」

 そして、明日太は気づかなかったようだけれども、あのときもう一つ。
 微笑みながら向かい合った2人が、こっそりとくちびるだけで言葉を形作っていたのを、見てしまった。
 誰にも聞かせたくなかったのだろう。青い色のナビは周りを見て、全員の意識が先生に集中していることを確認すると、素早く何かを囁いたのだった。
 声も無いその言葉を受け取って、泣きそうにゆがめた瞳を一瞬で笑みに変えると、熱斗も短い単語をそれに返す。
 おそらくクラスメイトの影になっていた、コジローだけが気づくことが出来たのかもしれない。

 教室に入ってきて、がちがちのままで叫んだ自己紹介のときも。
 先生にバトルの強さを褒められて、照れくさそうに笑ったときも。
 クラスのピンチに、誰よりも前に出てロボットたちに立ち向かったときも。

 ・・・その、どんなときとも違う、柔らかな微笑みに。
 息が止まるほど驚いてしまった自分が、なんだか恥ずかしくて、負けたような気分が悔しくて。

「・・・本当に、わかんねぇ」

 音の無いその単語は、最初は彼の名前。
 そしてそれに答えた熱斗の言葉は・・・。

「コジローくん?」

 ぶつぶつとずっと呟いて静かになっているのが、かなり不気味に感じられたのか。眉を大きく寄せながら覗き込んできていた明日太の頭を、丁度良い場所にあったと思いながらポカリと叩く。
 短く「いたいッス」と叫んだ明日太の声を聞きながら、コジローは馬鹿げたことだと浮かんだ考えを投げ捨てた。

 馬鹿げたことだ。
 そんなこと、あるわけないのに。

 とりあえず、謎だらけの転校生・・・いや、いまは友人の光熱斗に。
 いつか自分が見返してみせるのだと打倒を誓い、コジローはぎゅっと拳を握り締めた。

end.








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コメント▽

兄弟話のはずなのに、兄弟が一言も登場してなくて。
完成してから「・・・あれ?」という気分です(笑;
初実体化で、たいそう感動しただろう兄弟。ぐすぐすとクラスメイトたちの前で涙ぐんでましたねv もうそんな彼らが愛しくて愛しくて・・・!
きっと、あれだけ感動している兄弟を見ていても、事情を知らないクラスメイトたちは理解できないんだろうなぁ、と思いながら考えてたお話です。
みんなに隠れてこっそりと「熱斗」「彩斗兄さん」と呼び合う兄弟。隠れてても見つかってますよ!(コジローがたぶん目撃中>笑)
そんな感じでお願いします。
・・・毎回ですけど、捏造ですみません; でもコピーロイドで実体化と、兄弟泣いてるのは本当ですから!(必死に取り繕い)


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