※これはGBA「ロックマンエグゼ6」のネタバレを含みます。
 ゲーム未プレイの方はご注意ください。









***









「はあ。やっぱりここで飲むコーヒーは格別だね」

 香ばしい焙煎の香りと、温かい湯気。
 高地にあるこの電脳空間を肌寒いと感じるのは、やはり気のせいではないのだろうか。立ち上る蒸気はくっきりと白く目に映った。
 それを楽しそうに目を細めて見つめながら、コーヒーをひとくち。
 大変な贅沢をしている気分になってくる。
 あちこちを駆け回ったせいで疲れた体も、一杯のコーヒーで癒されていくような気がして、ロックマンはホッとため息をついた。

「・・・そうかぁ? 別に、どこで飲んでも同じ電脳コーヒーのはずなんだけどなぁ」

 と。
 無粋な一言が耳元に振ってきて、思わず勢い良く下ろしてしまったカップは、ソーサーとぶつかってカシャンと小さな音を立てる。

「もう、熱斗くんはデリカシーがないんだから」

 この空気というものが読めないのだろうか。
 純粋に「味」というデータだけで同じものだろうと指摘してきた、情緒の欠片も無い言葉に、眉を寄せて目線を上に向けた。
 顔よりも少し上空に、小さな窓のような画面が開き、そこに立ったいま彼の休息に水を刺した人物の顔が映し出される。
 怪訝そうな顔をしている熱斗が続けて言ったのは、しかし反論でも訂正でもなく・・・。

「でり菓子? それって、どんなお菓子だよ??」

 などという、勘違いどころではないような回答。

 ああ。
 パパ、ママ、ごめんなさい。

 がくり、とその場に膝をつきたい衝動に駆られたが、そこはそれ、気合でこらえて持ち直し。
 熱斗の、あまりといえばあんまりな国語能力に心の中で懺悔する。
 これからはいままで以上に気合を込め、勉強に身を入れさせようとひそかに堅く決心しながら。

「そうじゃないってば。お菓子じゃなくて、デリカシーってのは・・・雰囲気とか気分とか細やかさのことだよっ」

 つまりは、熱斗が大雑把であるということ。
 けれどそこまで口にすれば、たぶん怒ってしばらくの間拗ねてしまうとわかっているので、ロックマンは簡単な説明だけに止めておいた。この破天荒な行動ばかりするオペレーターと長く付き合う秘訣である。我ながら適切な判断だと自分を褒めたくなったが、とりあえず日ごろから祐一朗やはる香からはねぎらいの言葉を貰っているので、不満といえばいつまで経っても手のかかるオペレーターのことだけ。
 ・・・そうは言うものの、ロックマン自身も世話を焼くことが嫌いではないので、ついつい甘やかしてしまうことが多いのも実は原因のひとつなのだけれども。

「そうは言うけどさ、細かく気にすれば電脳コーヒーの味が変わるってわけでもないだろ?」

「ああああ、もう、何て言えばわかるのかなぁー・・・」

 前言撤回。
 このオペレーターと付き合いきれる忍耐強さは、表彰ものではないだろうか。

「だってママが淹れてくれるコーヒーだって、いつも同じ味だと思うしさ」

 いかにして情緒という形の無いものを説明すればいいものかと悩み、頭を抱えて唸っている耳元に、そんな熱斗の呟きが届いてきて。
 それを聞いた瞬間、ピンとひらめいて、ロックマンはおもむろに顔を上げた。
 にっこりと微笑をはりつけて、画面越しに呼びかける。

「じゃあ、熱斗くん。実証してみせようか?」

「えっ?」

 きょとんと目を丸くして、事態を飲み込めていない熱斗に、ロックマンはとりあえず1階からコーヒーを持ってくるように指示をした。
 パタパタと足音を鳴らして、疑問を解消するためならばと素直に下へと向かった熱斗を見送って。

「やっと、おちついてコーヒーが飲める」

 改めて、冷めかけの美味しいコーヒーを飲み込んだ。




***




「で?」

 目の前にはカップに程よく注がれた濃いめのホットコーヒー。
 湯気に曇る画面を越えて、電脳のカフェでゆったりとくつろぎカップを傾けながら、ロックマンは戻ってきた熱斗に「おかえり」と声をかけた。

「いつもの、ママが淹れてくれたコーヒーだよね?」

 とりあえず確認をしてみる。
 すると熱斗は頷いて、おやつの時間にと用意されていたものらしいコーヒーと、そのオマケと思われる手作りクッキーをトレイのまま机に置いた。

「それで、実証してくれるんだろ? コーヒーの味の違いってやつ」

「うん、もちろん」

 まるで勝負を挑むような表情で、椅子にかけて画面を覗き込んできている熱斗の意気込みに、ロックマンは苦笑しながら頷くとカウンターにコーヒーの追加注文をして。すぐに出てきた新しいカップを持ち上げて、微笑みながらついとそれを熱斗のいる方向へ差し向けた。

「ね、一緒に飲もうよ。熱斗くん」

「・・・へ?」

 ぱちぱちと瞬きをして、いま言われたことを頭の中で処理している最中らしい。熱斗のぽかんとした顔を面白そうに観察していると、それから少々遅れて理解した彼は、眉を寄せながら疑い深げな声で尋ね返す。

「・・・本当に、それでわかるのかよ」

 とても信じられない、という表情の熱斗に、けれどロックマンは自信満々で頷いた。

「たまにはこういうのも良いでしょ」

 格別に上機嫌な表情で、微笑みかける。
 すると熱斗は少し頬を染めながら、慌てた様子でこくりと首を振って了解を表して・・・そんな仕種も彼らしい照れ隠しだなと、再びロックマンはクスクスと音をたてて笑った。
 仕掛けはもう十分の様である。

「まあ・・・たまには・・・」

 こくり。
 まだ冷めないうちの熱いコーヒーを、やけどに気をつけながら一口すする。

「・・・えっ」

 びっくりした声を向こう側に聞きながら、ロックマンはしてやったりと嬉しそうに、自分も淹れたてのコーヒーを口に運んだ。
 ふわりと鼻腔をくすぐる香りに満足して、それをゆっくりと飲みこむ。

「うそ・・・なんで?」

 机の前では、不思議で仕方がないという顔の熱斗が、しきりに首をかしげながら持ち上げたカップを見つめて、上下に傾けながら疑問を発していた。
 けれどもちろんだがカップにもコーヒーにも仕掛けなど無い。

「・・・おいしい」

 ちょっと悔しそうに、けれど純粋に驚きもして。カチャンとカップをソーサーに戻しながら画面の中のロックマンに視線を向けている。
 この不思議な現象の回答を求めて。
 別に難しいことでもなんでもないのだけれど、ロックマンはその短い答えを彼に返した。

「ふたりで一緒に飲むから、また特別に美味しいんだよ」

 濃いめに淹れられた熱いコーヒーは、一人で飲んでいた先ほどまでよりも格段に美味しく感じられて。
 納得したような、まだ腑に落ちないような微妙な顔でコーヒーをすする熱斗の顔をみながら。
 最高のブレイクタイムをもうしばらく楽しもうと、その一杯が冷めるまで、ゆっくりと口をつけた。

end.








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コメント▽

コーヒーを飲むときの兄さんのポエム(笑)な台詞が好きです。
ついつい楽しくて、HP全快するまでコーヒーを飲ませてしまいました。(コーヒー地獄)
きっと兄さん当分の間はコーヒーを見るのも嫌になったのではと思います(笑;
あれですよ。人に淹れてもらった方が、自分で用意して一人で飲むよりも美味しく感じるっていうやつです。まあカフェで淹れてもらったら当然美味しいわけですけど。でもたぶん、熱斗くんが用意してくれたものだったら、どんなものよりも特別美味しいって思うんじゃないかと・・・(妄想)
結局は兄弟ラヴで。


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