※これはGBA「ロックマンエグゼ6」のネタバレを含みます。
 ゲーム未プレイの方はご注意ください。









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「リンクナビ?」

 久しぶりに妙なところで再会した子供は、きょとんとした表情でこちらを見上げて、危機感の無い声でその単語を復唱した。

「なんだ、知らないのか?」

 そりゃあ、知らなくても無理は無いのかもしれない。
 最近ようやく実用され始めた新技術だ。
 大学や研究室に属しているならば話は変わってくるのだろうが、それを一般の小学校で教えるはずも無く、この目の前の子供もいくら腕の立つネットバトラーだとはいえ、学校で習っていないことを知らないのはむしろ自然なことと言えた。
 そこまで考えて、まるで自分と対等な大人と同じように目の前の子供を扱っていたのだという事実に驚きを覚える。
 確かに、光熱斗は強かった。
 WWWの幹部として数々の事件を起こし、そのたびに何度かまみえる機会があったのだが、一度として彼から勝利をもぎ取ったことは無かった気がする。
 ネットワークを介して対峙すれば、相手は歴戦の勇士のように感じたのだが、こうして実際に小さな体を目の前にすると、その細い腕のどこからあれだけの戦いを編み出していくのだろうかと思えてしまうのだ。
 ネットバトルの実力に年齢は関係ないとは、よく言ったものである。

「知らないけど・・・」

 正直に自分の無知を認める仕草は、まるで学校で教えを請う生徒そのもので。
 冷静に考えれば、ここは学校であり、自分は実習生とはいえ先生でもある。・・・と、そのことを思い出して、一瞬でも目の前の子供が生徒だということを忘れていた自分の余裕の無さに苦笑した。
 いまは敵対する理由も何も無いのだというのに、何を緊張していたのだろうか。

「ならば俺の授業を受けてみるか?」

 こんな機会はそうそう無い。
 気がつくと、面白くてワクワクしてくる自分がいた。
 この少年は果たして、どのような技術で他人のナビを操るのかと。
 提案に対して、目の前の子供はしばらく困ったように考え込みながら、答えを迷っているようだった。
 おそらく過去の事件を思い出して、警戒もしているのだろう。数分くらいその場で立ちつくしたまま沈黙が下りていたが。不意に顔を上げたときには、すでに何かを決めたように真っ直ぐな目を向けて、はっきりと頷いた。

 おいおい。
 そんなに簡単に信用して良いのかよ。

 つい心配にもなるのも無理はない。
 以前同じことをして、自分は手ひどく相手を裏切ったことがあるのだから。
 そのときは、彼を騙して科学省へと仕掛けをし、その子供自身の手を汚させて父親に大怪我を負わせる結果となった。それを忘れたわけでもないだろうに・・・。
 少々の問答で、そんなに簡単に相手を信用しても良いのかと、つい問い返したくもなる。
 事実、いまは本当に悪さをするつもりはなく、純粋に研究へ誘っただけで他意はないのだけれど。仮にこれがまた罠だったとすれば、再び傷つくのは目の前の子供自身なのだ。

(はは・・・っ。敵わねえなぁ)

 たった数分。
 言葉を交わしただけで、そして信じてもらえただけで。
 この目の前の・・・自分の半分の年も生きていないような子供に、強い引力で惹きつけられる様な感想を覚えて、瞠目した。
 傷つくことを恐れない真っ直ぐな勇気が、彼の強さだというのだろうか。
 ともすれば諸刃の力となりかねないそれに、若さゆえの危うさも感じたけれど。

「じゃあ、授業をはじめるぜ。お前にオペレートしてもらうのは、このパソコンにいる俺のナビ・・・ヒートマンだ」

「えっ」

 もっとこの子供のことを知りたいと思った。
 教えるというよりも、自分の探求心を満たすための誘いだったのかも知れない。
 ロックマンをプラグインしようとしていた手が差し出された形のまま、驚きで止まっている。その子供っぽいしぐさや表情に笑みを浮かべながら、軽く肩を叩いてパソコンの画面へと視線を誘導した。
 画面の中には待機状態のヒートマンの姿。
 前もって指示したとおり、いまは他人・・・熱斗の指示を聞くようになっている。

「このヒートマンを使って、俺の授業を受けて貰う」

 さあ、どうする? 光熱斗。
 心の中でまるで挑戦状を叩きつけるように、声には挑発の意味を含めて問いかけると、それを正面から受ける気になったらしい、子供は目を輝かせながら強く頷いた。




 そうして俺は、息を呑み彼の力を目の当たりとすることになる。




「・・・合・・・格、だ」

「やったぁ・・・!」

 やったね、熱斗くん。
 嬉しそうに声をかける彼のナビ。
 それに微笑みながらガッツポーズをとって見せる無邪気な子供。

 けれど、つい先ほどまで自分の目の前にいたのは。

(驚いた・・・これほどとは)

 まさに、それは戦士だった。
 普通は自分が扱うナビの特性に合わせて、チップの種類や戦闘パターンというものが培われているものだ。
 だからこそ、彼が戦う中で使用するチップはキャノン系のノーマルチップやソードを組み合わせた戦法が主になるだろうと考えていた。
 しかし、予想は大きく外れて。

(ヒートマンの相性に抜群の、炎系チップのコンボに・・・)

 転送のタイミングまで、数回のバトルでヒートマンの癖を見抜いて、的確なオペレートを短時間で自分のものにしている。
 市販のノーマルナビなどではなく、独自のカスタムを繰り返しているヒートマンは、ただでさえ扱い難いと思えるのに。

「これで最終試験も合格だよな?」

 はずんだ声で問いかける様子は、こんなにも年相応の子供に見えるのだけれど。
 底知れない実力を前に、起こる身震いは嬉しさなのか恐怖のためか。

「ああ、合格だ。これでヒートマンはお前のリンクナビになった」

 リンクナビも知らなかった子供。
 何も知らない場所から、階段を駆け上がるようにその成長は目覚しく、乾いたスポンジのように技術を吸収していく。
 それがどこまで強くなっていくのか、見てみたくなってくる。
 最初にちょっとした興味で声をかけた自分が、いまではもうこの子供から目を離せないほど惹き込まれていることに、今更ながら気がついて。

 大人の余裕など、最初から無かった。
 先生として向き合っていた自分が、逆に教えられたことも数多くある。

「光熱斗」

「ん、何??」

 きょんとして見上げてくるその顔は、あどけない子供そのものだ。
 けれど彼と出会っていなければ、自分はこうして日の当たる場所で、教鞭を持つことは無かっただろう。
 それを感謝するとは思っていないけれど。

 自分の運命を大きく揺るがしたのは、確かにこの小さな子供の細い手だったのだ。

「ありがとな」

 いいものを見せてくれて。
 これから自分が見ていくことになるだろう彼らの成長を考えながら、楽しくて胸が高鳴ったのは、教師としての感情だったのか。
 ・・・それとも、別の何かがそうさせたのか。

 どちらでも良いさ、と苦笑して。
 目の前で首を傾げて不思議そうにしている子供の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

END.








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コメント▽

書いててすごい楽しかったです。ヒノ→熱。
無印時代に火熱が好きだったというのはここだけの話。(ようは熱斗総受けだったということですが>笑;)ロックマンが今回は出番なしですみません;;
もう熱斗くんのことを褒めまくってみました。だって、他人のナビを初めて使って、それでスイスイとバトルしちゃうんですよ。リンクナビってはじめて使ったとき驚きましたけれど、他人に自分のナビを使う権限をあげちゃうわけですよね。普通そんなことって中々しないと思うんです。
ヒノケンに関しては、エグゼ3のこともありましたし、同じように「改心した」といわれて熱斗くん内心複雑な気分だったと思いますよ。(ゲームでも散々疑ってましたけど)
それでも信用してついていった熱斗くんは、もう本当にホワイト属性だなぁと感じましたv(ライト&カオス属性。大切な人たちのために戦う救世主体質♪)
・・・ほんとにごめんなさい; 馬鹿のように熱斗くん大好きです。


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