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07.画面越しに見える君 ひらりひらりと、舞い散るちいさな花びらに。 *** 「うわあー、満開。だなっ」 「そうだねぇ」 いつもの帰り道からすこし外れた裏通り。 そこに昔から大きな老桜があることを知っていた熱斗は、少しだけ回り道をしたのだった。 行ってみれば予想したとおり。いや、それよりも見事に開花していた桜の花に、しばらくの間ぽかんと口を開けて見とれてしまう。 「わわ、熱斗くん、前、前!」 「え・・・わあっ!」 がっしゃーん。 あまりに見事だったために、ついローラーブレードで走行中であることも忘れ差し掛かったカーブに正面から突っ込んでしまい、PETの中から「熱斗くーん」と叫んでいるロックマンの声が情けなく響いている。 幸い裏通りの角にあるその家はコンクリートで出来た塀などではなく、昔ながらの垣根であったため、丁度良いクッションとなって熱斗を受け止めてくれていた。 「いててて」 細かい枝葉で擦り傷くらいは出来てしまったのだろうか。ひりひりする頬を押さえながら立ち上がると、垣根の上から「大丈夫かい?」という別の声が降ってきて熱斗は驚いて顔をあげた。 「すごい勢いでつっこんだわねぇ。ぼうや、怪我しなかった?」 「あ・・・ご、ごめんなさい」 それはここ・・・つまり、老桜を庭にもつ家の、住人であるおばあさんの声だった。 優しくかけられた声に、しかし垣根に突っ込んでしまった失礼がある手前、まずは謝る。相手は別に怒っている風でもなく、怪我が無ければよかったと微笑んで返してくれた。 「桜が綺麗で・・・つい見とれてたらぶつかっちゃったんだ」 「まああ」 熱斗が言うと、おばあさんは嬉しそうに声をあげて嬉しそうに首をかしげた。そのしぐさは年に似合わず可愛らしく思えるものだ。 けれどそんなに喜ぶ理由がわからなかったので、どう反応していいものかと熱斗は戸惑い困ったように彼女を見上げる。 「嬉しいわねぇ、この桜にそんなに見とれてくれるなんて」 その言葉は何の裏も無く、本当に桜を褒められたことを純粋に喜んでいる様子だった。そして熱斗もまた、嘘でも世辞でもなく本当に桜を「きれいだ」と思ったので肯定するように頷き返す。 ならば一枝あげましょうか。 そういってはさみを見せられたときには慌てて遠慮したのだけれど。 「もうお年寄りの木だから・・・こうして誰かに楽しんでもらえるのが、嬉しいのよ」 だから貰っていって、あなたも桜をみてあげてね。 そうまで言われては断りきることも出来ず、一輪挿しに丁度収まるくらいの大きさの一枝を受け取ってお礼を言った。 「桜は、枝を切ると弱っちゃうんだけどね」 「え・・・そうなんだ」 その場を離れてしばらくしてから、ロックマンにそういわれて驚き声をあげる。ならば枝を切らせるのではなかった、と一瞬後悔したのだ。 けれどロックマンは続けて「受け取ってよかったと思うよ」とも言う。 「あの木はもうずいぶんお年寄りで、あと何年咲くかもわからない。きっとおばあさんはそれをわかっていて、あんなに喜んでくれたんじゃないかな」 「・・・そっか」 毎年帰り道にすこし立ち寄っては眺めてきた大きな桜が、もしかしたら来年や再来年には咲かないかもしれないと知り、熱斗は寂しいと思った。できれば一年経っても同じように花をつけて欲しいと願いながら、手の中の枝を大切に握り直す。 「うちに帰ったら、花見しような」 「そうだね」 下る坂道に僅かな花びらを置いていきながら、呟いた熱斗にロックマンも笑顔で答えたのだった。 *** はらり、はらりと散る花びらは、一枚また一枚と重なり落ちる。 「綺麗だね、熱斗くん」 そんなわけで現在、熱斗の机の上には桜の枝がさされた花瓶が真ん中を陣取っていた。 傍らには母のはる香がいれてくれたお菓子と紅茶。 ふわりと漂う香りは、花と同じものだった。 「ああ、たまにはこんなのも良いかもな」 持ち帰った桜の枝を、最初は驚いて見ていたはる香だったけれど、事情を知るなりすぐに花瓶に生けて、お花見ならば茶菓子だろうと言って準備してくれたのだ。 桜の香りがする紅茶をひとすすりして、熱斗はPCの中からも見えやすいようにと花瓶の位置をわずかにずらした。 ひらり。 ずらした時の振動で花びらがまた散り、そのひとひらが紅茶の上に波紋をつくる。すると湯気に含まれた香りがより濃くなった気がして、熱斗は飲んでしまうのは勿体無いなぁと名残惜しげにカップのふちを指でなぞった。 「こういうのを、風流っていうんだろうね」 めずらしく団子よりも花、というようにしている熱斗を見て、ロックマンも楽しそうに花びらの落ちていく様を眺める。 香りや質感はわからなくても、ただ見ているだけで楽しめるものだ。 画面の角度からは丁度よく桜も熱斗の顔も覗き込める位置で、はなびらを飽きもせずじっと見ている真剣な顔に、悪いとは思いながらも苦笑がもれた。 「なんだよ?」 笑った声が漏れていたのか、顔をあげた熱斗に真実は告げず。 「ううん、なんでもない。ただ、熱斗くんがあんまりうっとりしてるから、そんなに良い香りなのかなぁーと思ってね」 「えっ、そんな顔してたか?」 恥ずかしそうに顔に手をあてる仕草を見ながら、たまらず今度こそ笑い声をあげてロックマンは首をふった。 「さっきまで、ぼんやりしてたでしょ」 あまりからかうのも悪いのできっぱりと肯定はせずに、口を開けたままだと桜の花まで食べちゃうよ、と軽く付け足した。 それを聞いて憮然としながら口を尖らせる熱斗は、ますますからかいたくなるようなものだったけれど。 そうして画面越しに顔を眺めていると、不意に、にやりと。 (あ、悪い顔だ) いたずらを思いついたときに良くみせる顔になった熱斗に、ロックマンは何をするつもりだろうと少し身構えて彼の次なる行動を待った。 「だったらさぁ」 カタリ、と引き寄せられたキーボード。 それを体の前に持ってくると、突然カタカタと滑らかな手つきで何かを打ち込み始め、画面にたくさんの意味を持ったコードが走り始める。 「ロックマンも体験してみれば、わかるって」 「熱斗くん・・・これ・・・」 ひらり。 最初はひとかけらの雪のようだった。 続いてひとつ、ふたつ、と数が増えて。 ふわりと流れる風に色と香りが生まれた。 「これ・・・はなびら?」 画面の中に舞い落ちるたくさんの花びらに、ロックマンは驚き目を見開いて立ちすくむ。次から次に、尽きることなく降ってくる雪のようなそれは冷たくもなく、優しく体に触れては滑り落ちていくのだ。 ぼんやりとその様を見守っていたロックマンは、「な?」と同意を求める声で現実へと戻されると、目の前には仕掛けが成功して満足げに笑う熱斗の顔が浮かんでいた。 「な、すごいだろ。ロックマン?」 すごいも何も、ただ桜の素晴らしさを語るためだけにこんな即興のプログラムを組んだのだろうか。 一瞬で色や質感そして匂いまでも構築してみせた手腕に、将来の末恐ろしさを感じながら、ロックマンは素直に感動を表して頷いた。 これほどのものならば、確かに心を奪われてしまうのも納得できる。 熱斗が感じた「桜の素晴らしさ」をみせられて、同じように見とれてしまったのだ。 「すごく、綺麗だね」 「だろー?」 嬉しそうに笑うその表情は、さきほどまでのうっとりと花に見惚れる顔とは違うけれど、そのどちらも綺麗だと思えた。 「それにしても、ちょっと重たいんじゃない? このプログラム」 メモリを相当食っているらしい花びらの映像に顔をしかめて文句をつけると、熱斗はむっとした顔をみせて反論してくる。 「仕方ないだろー。簡単に作っただけのやつなんだからさ」 「でも、演算処理が滞ってて・・・ほらっ、フリーズしそうだよ」 ちょっと脅すと、それはまずいと思ったらしい。慌ててまた何かを打ち込む姿が見えて、次の瞬間に花の数は半分くらいに減っていた。 だいぶ軽くなったらしい映像に、ロックマンは微笑みながら小さな声でお礼を言った。 キーボードと格闘していた熱斗には、聞こえていなかったかも知れないけれど。 「どうだ!」 得意げに尋ねてくる熱斗に、快適になったよ、と答えて降ってきた一枚をてのひらで受け止める。 画面の中には舞い散るはなびら。 画面の向こうには、嬉しそうに笑うキミ。 そして花びらの中に立ち、ボクはほころぶような笑顔でそれに答えた。 --------------------------------------------- コメント▽ 庭の桜が満開になったので熱斗くんたちにもお花見日和。 鷹岬版みたいに自分でプログラムをカタカタと作っちゃって欲しいです。天才肌な熱斗くんを希望。将来はやっぱり最強のネットバトラー兼科学者で。 BACK |
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