![]() |
![]() |
![]() |
15.気持ちの問題 「システム・オールグリーン。熱斗くん、起動させるよ?」 複雑な文字列が流れていき、チェック完了を示す単語と共に、確認を求めるような声が響く。 画面の中に姿は見えなくても、その声はPETの中にいる相棒のものに間違いない。 それを聞いて熱斗はコクリと首を縦にふった。 「わかった。こっちも準備OKだ」 流れていった文字列を確認しながら手元のマニュアルに目を落とし、必要な手順が全て終わったことを告げると、いまだ文字だけの画面の向こうから「了解」と短い声が返って来た。 それと同時に、目の前の空間にユラリと陽炎の様な揺らぎが生まれる。 起動中。 そのシンプルな一言が映し出された画面には、相変わらず文字しか存在せず、いつもならば穏やかに微笑みながら言葉を返してくれるものの姿がずっと見えないことに、多少落ち着かない気持ちもあった。 ゆっくりと、システムの読み込みが完了するまでの時間を待つ。 陽炎の向こうに滲んでいた部屋の風景は、次第に実像を結び始めた色の集合体に遮られていき・・・。 「・・・!」 ふわり、と揺らぎが完全に収まった頃。 そこには不明瞭な色の流れなどではなく、はっきりと確認が出来るほどリアルな姿が存在していた。 「読み込み完了。すごいよ、以前のPETより格段に処理が早くなってるみたい!」 聞こえてくる声は、先ほどまで会話をしていたロックマンのそれに間違い無い。 けれど、その姿はPETの中に立つものでは無かった。 手のひらに乗ってしまう程度の大きさだったけれど、画面に映るのではなく机の上をトコトコと歩いていく小さなロックマン。 それは、まるで童話に出てくる架空の存在のように不思議な光景だ。 新型PETが開発されたのはつい先日のことで、科学省とIPCの前面協力体制により、最新の技術が詰め込まれたこのPETは、来月には一般に発売開始されることになっている。 そしてネットセイバーである熱斗の手元には、一般の人々よりもひと足早く手渡され、新機能を試せることに飛び上がって喜んだ。 簡単な説明を受けたあと、急ぐ足で帰宅するとすぐに自室に駆け込んで、渡された説明書を広げたのだった。 データを移し変える長い読み込み作業が終わり、ようやく新型PETを起動した瞬間。 これほどのものか、と感嘆の思いがこみ上げたものの、あまりの驚きに声は出ない。 話には聞いていたのだが、実際に見るのと聞くだけとは大きく違う、ということを熱斗は強く実感していた。 「熱斗くん、どう? ちゃんと映像で再現できてる?」 パソコンが置いてある自室の机に座ったまま、じっとPETを見つめ続けていた熱斗は、いつの間にか両手を握りこんでかなり緊張していたことに今更ながら気がつき、照れたように慌ててサッと佇まいを直す。 「あ、ああ。ちゃんと異常もなくインストールできたみたいだな」 本当に?と確認するように問いながら、ロックマンがひらりと顔を頭上へと向ける。、何が起きたのか、突然ぴしりと首を真上に傾けたまま固まってしまい、見下ろしていた熱斗は驚いてすぐにPETを持ち上げた。 「どうした、何かあったのか?」 何事かの異常があったのだろうかと本気で心配して、熱斗はすぐに手元のマニュアルを手繰り寄せ・・・けれど、それよりも早く当のロックマンから裏返るような声があがる。 「どうしたって・・・それはこっちの台詞だよ!」 どうして泣いてるの、熱斗くん。 そう、問いかけられて。 「えっ」 ようやく、熱斗は視界がぼんやりと濡れて滲んでいるのだと気がついた。 「うわあ?」 とはいうものの本人には全く自覚が無いことであったために、どう反応するべきかと慌てるばかりで、浮かんだ雫を拭き取るという行為まで頭が結びつかない。 慌ててパチパチと瞬きをすると、空気に触れて冷たくなった滴がぱらりと宙に飛び散った。 「わわわ・・・なんだろ、これ・・・えええっ」 「落ち着いて、とにかく落ち着いて熱斗くん」 ぱらりと弾けた水滴は、目の前の机の上で同じようにオロオロと手を振り上げ戸惑いを隠せずに入るロックマンの上にも降り注ぎ。 「わっ」 ぴしゃん、と小さな音をたてて染みを作った。 頭からそれを浴びるかと思ったロックマンは、両手をかざして首をすくめたままの姿で目を閉じている。 小さな、手のひらに乗るほどの大きさしかない体にとって、熱斗の目から零れる涙は大粒の水の固まりだ。確かに彼を直撃したはずの水滴は、けれどすり抜けるように足元の机にだけ濡れた跡を残していた。 「濡れて・・・ない」 濡れるはずも無い。 なぜなら、そこに居るかの様に見えたとしても、実際のロックマンはPETの中の電子データであり、ここにあるのは彼のデータを投影した高密度のホログラムでしかないのだから。 馬鹿なことを考えた、と恥ずかしくなって、ロックマンは誤魔化すようにサッと埃を払うような仕草をしてから、目を開けて背を伸ばす。 「そっか、ホログラムだもんな。そっか・・・」 「熱斗くん?」 そして一連の流れの元凶ともなった、熱斗のことを思い出して、聞こえてきた声にそちらを見上げた。 意識せずにあふれ出した涙は、あっという間に乾いてしまったのだろうか。驚きのせいでそれは止まってしまったのかも知れない。もうすでに濡れてはいないふたつの目が、ロックマンをじっと見下ろしている。 目元が少々赤く見えるのも、よく見なければ気がつかないだろうし、それすらあと僅かも経てば消えてしまうに違いない。 まるで、何事も無かったかのように。 しかし確かにその目で彼の涙を目撃したロックマンは、伺うようにその両の目を覗き込み、心配そうに首をかしげてもう一度呼びかけた。 「熱斗くん、大丈夫?」 「あ、うん、平気」 まだ少しだけぎこちなさを残しつつ、泣いてしまったことが照れくさいのだろうか、誤魔化すようにごしごしと瞼を擦る様子に「赤くなるよ」と注意しながら返事の続きを待つ。 両手を下ろして次に見えた顔は、いつも通りの元気な熱斗だった。 「平気。ちょっとびっくりしたからさ。ごめん」 あはは、と笑う表情にももう、不自然さは無くて。 どうやら本当にびっくりして涙が零れてしまったらしい。 「もう、脅かさないでよね」 「だってさあ」 まるで幼い子供みたいではないか。 そんなことを思い浮かべながら、口に出せば確実に激しく反論されるため黙って笑いだけを顔に出す。熱斗は目よりも頬を赤く染めて、照れを隠すようにガサガサと大きな音をたててマニュアルを広げ直した。 まだ正式な発売を前にした新型PETの取り扱い説明書は、冊子の形にはなっておらず、電子データならばまだ纏まりも良いだろうに古風な紙の束として手渡されていた。 それは果たして祐一朗の好みによりこんな形式をとっているのだろうか、憶測するしかないのだが、データディスクにでもしてくれれば良いのに、と思うのは年代の違いによる感覚のずれかも知れない。 がさり、と散らばる紙束を纏めながら。 「すごいなあ、と思って」 ひとこと。 熱斗の漏らした一言が全てを表現していて、ロックマンは妙に納得してしまった。 新型PETはこれ以外にも様々な機能を搭載している。どちらかというと、映像が投影できるなんていうのは実用性にかけていて、おまけのような娯楽機能だ。 本来の見所は、格段に早くなった処理能力や、チップなどのデータを蓄えておける大容量などにあるはずで。 けれど何よりも彼らが驚いたのは、おまけとしか思えない、その機能。 「うん、すごい・・・ね」 別に映像が無くたって、ナビに指示を出すのはPETの画面越しで十分だし、会話に不自由なことも無かった。けれどこんな機能が追加されたのは、たぶんこの距離をもどかしく思う人が意外と多いせいではないか。 「なんか、改めてこう目の前に居るのを見ると、なんかさあ」 「ん?」 驚いて涙が飛び出してしまうくらいに感動した「おまけ」機能は、果たして誰の発案だろう。 熱斗の言葉に耳を傾ける様子が、画面越しのときとは違ってとても近い。 「・・・はじめまして、って気、しないか?」 改めて畏まってしまいそうで。 「そんな、別にいつも通りのボクだってば」 眉を下げて困ったように見上げる仕草も、正面からしか見えなかったPETとは格段に別のものだ。 「そういうけどさ」 こんなに近くにお互いを感じられるなんて、いままでになかったように思える。 とても新鮮で、新鮮で。 「だってなんとなく。気持ちの問題だろ?」 なあなあ、はじめましてって、言ってみて良い? 明るい口調で確認してくる彼の言葉を、ロックマンはぴしゃりと却下して。 目の前の彼と同じように上気しそうな頬を、こっそりと高性能になった処理能力で取り消した。 --------------------------------------------- コメント▽ 実は2005年10月頃に書いてました、日記小話(アップしそびれ>笑) リンクPETの機能のあまりに萌えなところに勢い良く書き散らかしてしまいました。少し手直しを加えて、お題に変更してのアップです。 お題は全部兄弟になるかなぁと思ってたんですけど、今回これはアニメネタです。 ホログラムのロックにびっくりして、嬉しくて泣いちゃう熱斗くんがかきたかったんですよ。いえ、簡単に泣くタイプじゃないんですけどね、彼は。けど吃驚しての涙だったら良いかなぁとか・・・思いまして・・・(あわあわ) このあとしばらくの間は、新機能を試すのに夢中で、パパとかはかまってもらえなくて寂しい思いをしたりとか。(科学省に来てもPETの話ばかりだったり。家に帰ってもPETについての質問ばっかりだったり) いろいろと妄想は膨らみます。 BACK |
![]() |
![]() |
![]() |