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17.手を伸ばしても(後編) 頭の中が真っ白になった気がした。 目の前で倒れている大切な人。 「熱斗くん?熱斗くん・・・っ!」 手を伸ばしても指先は届くはずもなく。掻き抱くように握り締めた両手は、何もつかめずに虚空を舞う。 「君!大丈夫かい?!」 「・・・!!」 そこまで来て初めて熱斗以外の存在を視覚したのは、焦るようなその声が飛び込んできたためだった。聞き覚えのあるそれは、パスコードを受け取った時に会話した男性職員のものだ。 「君・・・やっぱり熱があるじゃないか!」 「熱・・・?!」 ブラウザの向こうで倒れている熱斗に駆け寄り、力無く横たわる小さな体を抱き起こした男の口から知らなかった事実を聞かせられてロックマンは驚いた。 言われてみれば様子もおかしかったものの、具合の悪いそぶりひとつ見せずに行動していた熱斗。僅かとはいえ、こんなことになるまで変化に気づけなかった自分への腹立たしさに、ぎゅっと唇を引き結んだ。 「おい、大丈夫か?君・・・!」 コントロールルーム全体に反響するような大きな声で呼びかけても、まったく反応が見られない状態を確認して、駆けつけた男はすぐに病院を手配してくれた。 PETからではせいぜい救急センターへ通報するくらいしか出来ないロックマンにとって、それは何よりもありがたい行動である。 すぐに近くの病院へ運び込まれた熱斗に下された診断は、最近流行している新型のインフルエンザとのことだった。 *** (全然気づかなかった・・・) 白いベッドに寝かされ、今は薬のせいもありこんこんと眠り続ける熱斗の様子は、先ほどまでとは違いだいぶ落ち着いてきていた。 けれどいまだ呼吸は速く、細い腕に繋がれた点滴の針が痛々しく映る。 PET越しにでも病人だと判別できる程度に今の熱斗の顔色は悪くて、気づかなかったことが信じられない程である。 呼び出されて病院まで駆けつけたはる香に説明していた医師の話によると、初期症状はあったものの、自覚をしないうちに激しく動き回ってしまったせいで一気に熱が上がったのだと言う。 その前まではせいぜい、少しだるい程度にしか感じていなかったのだろうとも。 事件のために現場へ駆けつけたり、激しいバトルがあったりで、急激な負荷がかかったのが一番の原因と思われた。 今日一日だけ大事をとって入院。 目が覚めたらすぐにでも帰宅できるということだったけれど、時間も遅かったため、このまま一晩泊まらせてしまいましょうという病院の計らいで今彼らは宛がわれた病室で静かに時間を過ごしていた。 身体を休息させるために眠り続けている熱斗と、その目が覚まされるのをじっと待っているロックマン。 はる香は必要な手続きを済ませると、明日朝一番に迎えに来ると言い残し帰宅していった。そのため、ここに居るのは彼ら2人だけである。 抗生物質で抵抗力を高めて、解熱剤も間も無く効いてくれば目を覚ますはずと言われたのだが・・・ずっと眠り続ける横顔を見れば見るほど、ロックマンの気持ちは暗雲に飲み込まれていってしまう。 「ボクがいけなかったんだ」 気がついていたらあんな無理をさせたりしなかった。 気がつくことが出来ていたら、もっと早く病院に連れて行って、こんなに辛い思いはしなかったかも知れない。 「もしも」を考え出すと止まらなくなり、非生産的だとわかっていても堂々巡りする思考は後を尽きなくて。 「・・・熱斗くん、目を覚ましてよ」 返答のない質問を繰り返す。 「・・・んー・・・」 「熱斗くん?!」 まだ眠ったままだろうと思っていた熱斗の口から呻くような声が漏れ、ロックマンは慌てたために、大きな声で呼びかけてしまった。 ここは病室であり、時間は患者たちの寝静まった夜。 たとえ個室であったとしても普段のロックマンであれば気をつけてトーンを押さえるくらいのことはしただろう。けれど、このときの彼にはそんなことに気を回している余裕も無かった。 「う・・・ロックマン?」 もう一度熱斗の身体が大きく揺れて、 今度ははっきりと覚醒したのか、発音はちゃんとした単語になっていた。 硬く閉じられていた瞳がぱちりと光を映し、ロックマンは安堵と共に笑顔を浮かべた。 「良かった、熱斗くん・・・気分はどう?」 「あれ、俺?・・・ここどこだ?」 一番最後の記憶は事件のあった科学工場の中でのバトル。それが気がついてみれば白いベッドの中で寝ていた、となれば、誰でも混乱することだろう。 類に違わずボケたような反応を見せる熱斗に苦笑しながら、ロックマンは熱で倒れたこととその後ここに到るまでの流れを説明してきかせた。 「うわちゃー・・・は、恥ずかしい」 戦いの途中で目を回してしまったと知り、頭を抱えながら顔を真っ赤にしているのは、たぶん熱のせいではない。 「ゴメンな・・・お前のオペレートしなくちゃいけないのに、ちゃんとできなくて・・・」 「そうじゃないでしょ!熱斗くん、無理ならば言ってよ!」 本当に申し訳なさそうな声で告げられた謝罪の言葉。 いつもだったら素直に受け止められたのだろうけど・・・それ以上に、ちゃんとオペレータの体調を管理できなかった自分に対して湧き上がった苛立ちをついそのまま吐き出してしまった。 「ごめ・・・げほげほっ」 「あっ、ご・・・ごめん!熱斗くん大丈夫?」 すぐにまた謝ろうとした熱斗だったが、吸い込んだ空気が思ったより冷えていたためか咳き込む。振動が伝わった点滴の器具がかしゃんと硬い音を立てた。 それにすぐ冷静さを取り戻したロックマンは、己の失言を知り慌てて謝ったのだが、中々咳が止まらず身体を折ってベッドに蹲る熱斗の様子に、青くなりながら駆け寄ろうとして・・・立ち止まった。 伸ばしかけた手はそこに進むことの出来ない壁があるかのように押し止められて。 「平気・・・ごほっ」 何とか落ちついたらしく、ようやく顔を上げた熱斗は目の端に涙をためながら答えて、本当に大丈夫だからと手をひらひらとふってみせた。 ロックマンは、駆け出した姿勢で片手を伸ばしたままそれを見つめている。 「ロックマン?」 痛感させられたのだ。 伸ばした手は何も掴むことの無い、電子データの塊であること。 嫌というくらいに、思い知らされた。 「・・・ボクの手じゃあ、熱斗くんの助けになれないよ」 「ロックマン、何言って・・・」 潤んだ瞳はまだ熱がある証拠で、無理に身体を起こしているからまた具合が悪くなったのかも知れない。 点滴のおかげで抵抗力を上げてあるけれど、まだ寝ているべきなのだ。 でも向かい合わせるように座っている熱斗の瞳は真っ直ぐにPETの中のロックマンを射抜いており、納得する答えを得るまではきっと動こうとしないのだろう。 それに促されるわけではないけれど。 「熱があること、気づけなかった」 「それは・・・俺自身、ぶっ倒れるまで気付かなかったし」 「ボクが気付いてれば無理させずに済んだ」 「・・・・・・」 溢れるように堰き止っていた不安が流れ出して、たくさんの言葉が浮んでくる。 「それに、熱斗くんが倒れたとき、ボクに出来たのは見ていることだけで」 「病院に連絡してくれたの、お前じゃないか」 「でも倒れてるキミを抱きかかえることも、ゆすり起こすことも出来なかった」 「・・・ロックマン」 「いまだって咳き込んでるキミを見てても、背中をさすることすらボクには無理なことなんだよ」 その一つ一つを口にしながら、改めて自分が感じていた不安の正体を再確認していた。 「どれだけ手を伸ばしても、キミまで届かないことがとても怖くて」 掴むことが出来なければ、いつかこの指先をすり抜けて消えてしまうかも知れない。 ロックマンにとって光熱斗を失うということは、世界を失くすことに等しいのだ。 「助けられないことが、悔しい」 こんな感情、今までは無かった。 はじめは傍にいられるだけで嬉しくて。 話をしたり、一緒に笑いあえることが何よりも幸福で。 これ以上なんて無いと思っていたのに。 (ボクは段々と贅沢になっていくね) この手で触れたいと望むようになるなんて・・・。 「・・・俺はロックマンに、いつも助けられてるって思うけど」 「熱斗くん・・・」 降ってきた声に顔を上げる。気づけばベッドから起き上がった熱斗がサイドボードに乗せられたPETの傍まで来ていて。 そう言ってくれるとは思っていた。 優しい彼は、落ち込んでいる様子の自分を見て放ってはおかないだろうから。 「今回のことは俺の不注意!そりゃあ、ロックマンが言うような事も嘘じゃなくて本当なんだろうけど・・・」 否定はされない。 熱斗も十分にその悔しさを判っているからこそ、簡単な言葉でロックマンが感じている悩みを跳ね除ける行為はしないのだ。 「けど、助けるっていうのは、手が触れ合うことだけじゃないだろ?」 「・・・う、ん」 戸惑いながらも、それは正しいことに思えてロックマンは頷いた。 手を伸ばして大切な人を助けられたら、それはとても素敵なことだけれど。 「俺はいつも、ロックマンに言葉で・・・心で、いっぱい助けてもらってるから」 「・・・うん」 誰かを支えるという行為は、色々な手段で伝えることが出来るのだ。 「だから、言わせろよ」 大事なのは想いの寄せ方。 もちろん贅沢に触れたいと思う気持ちもボク自身のもの。 否定する必要なんて無いけれど、見えなくなっていた大切なことを気づかせてくれた。 言葉で人は助けられる。 (何よりたったいまキミが証明してみせてくれたから) いつものような笑顔がやっと思い出せた気がした。 「心配してくれて、ありがとう。ロックマン!」 「うん、熱斗くん。早く元気になってね!」 ボクはこれからもずっと、心の手をキミに差し伸べる。 --------------------------------------------- コメント▽ お待たせしました、後半アップです〜。 こんなに時間がかかるとは思いませんでした; あまりうじうじ悩んでばかりのお話が続いてるので、このあたりでもっとカラッとしたコメディぽいものも書いてみたいですね・・・。 この兄弟はお互いが好きすぎて空回りするタイプだと思います(笑) BACK |
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