![]() |
![]() |
![]() |
19.青コンビ 巨大な建造物の奥深い場所で、その頃の彼は一人だった。 「だぁれ?」 僅かに隙間の開いていた扉から青い光が漏れ出ていたのか、明かりに誘われるようにその子は現れた。 それまでは出逢う人物といえば研究所に勤める大人たちくらいのものだったので、突然訪問したその幼い子供の姿に、彼は一瞬絶句する。 そして何より。その子供のことを彼は知っていた。 いつも嬉しそうに写真を見せて、日常のことを彼に話して聞かせ「もうすぐ会えるからね」と言われていた・・・。 大切な彼の家族。 どうして彼がこんなところに? 勝手にこんなところまで入ってきて良いのだろうか? それよりもこれくらい幼い子供が一人となると、迷子ではないだろうか?? そんなことを一気に考えて、やがて最善の言葉を探し出す。 記憶媒体からあらゆる過去のパターンを引き出して照合することは大して難しいことではなかった。 「キミ、ひとりでここまで来たの?」 おそらく父親についてこの研究所までやってきたのだろう。ならば大人たちが話をしている隙に退屈になって抜け出してきた、といったところか。 「ううん、パパといっしょに来たんだけど・・・」 やっぱり。 予測はほぼ当たっていたようだ。 ならば騒ぎにならないうちに戻るように促せば良いだろう。 「あ、そうそう。”こんにちは、ひかりねっとです”」 舌足らずの口調でそう続けられて、またしても彼は動揺することとなった。 礼儀正しい挨拶の言葉は、きっと研究所へ行くときのためにと母親から教えられたものだろう。見事なしつけの効果である。 ぺこりと深くお辞儀をして一生懸命に自己紹介する子供を見れば、大人たちはみな微笑ましい気分になったことだろう。 しかし、残念ながら現在の彼には名乗り返す「名前」がまだ無かった。 せっかく頭を下げて丁寧な挨拶をしてくれた子供に返してあげられる言葉を、彼は知らなくて、戸惑ったような表情を浮かべるくらいしか出来ないのが悲しい。 困ったままガラス越しに相手を見つめていると、そんなことはお構い無しだったのか、一通り教えられたことを言えて満足した様子の子供は顔を上げ、にっこりと微笑んだ。 その可愛らしい仕草に、ありもしない心臓がどきりと騒ぐ。 それはきっと気のせいではなく、対面しているのが他でもない、この子供であるからだろう。 どれだけ離れていても、まして初めて会ったとしても、片割れである存在は変わることは無いのだから。 「ねっと・・・ネット君、よろしくね」 「うん、よろしく!」 反応をもらえたのがよほど嬉しかったのか、弾んだ声を上げて飛び上がる。地面にしっかりと付いている足・・・それを眺めて、自分の事でもないのに何故か嬉しい気持ちが湧き上がってくる。 彼は今、研究室の端末で調整を受けている最中だった。その姿は中央にある大きなガラスの壁の内側にレーザーで投影されていて、子供からみれば立体映像と実際の人との区別など付かなかったに違いない。 いや・・・それ以前に、区別をつけるという考えすら浮かばないのだろう。 この子供にとっておそらくデータも人も同じ「友達になれるもの」でしかないのだ。 彼はそれから、色々な話を聞かせてあげた。 研究所での父親のこと。この建物の色々な設備のこと。警備プログラムがウイルスを撃退する場面を活劇調に話してやると、目を輝かせて聞き入っていた。 話している間もめまぐるしく変わるその表情に、彼のほうが楽しい時間を過ごしていた気さえもする。 そんな時間はあっという間に過ぎていった。 「あ、いけない・・・そろそろ戻らないと、パパが心配するよ?」 気がつけばかなりの時間が経過していたことに気づいて、そんなに夢中になっていたことにも驚くが、それ以上に遅くなってしまった時間に慌ててしまう。 えー、と不満そうに顔を上げる子供に、言い聞かせるように優しく声をかける。 「だってパパやママが心配してたり、悲しんだりするの、見たくないでしょ。だからもうそろそろ戻ったほうが良いよ」 重ねて言うとようやく納得したのか、しぶしぶと立ち上がる。 すると、不意に何を思ったのか手を伸ばしてガラスにぺたりと両手をついた。 「お兄ちゃんも、いっしょに行こう?」 「えっ・・・」 差し伸べられた小さな手は握り返す温かな手を望んでいる。けれど彼にはそれを返してあげることは出来なかった。 幻の手、体温の無い体。 生身の身体を持っていたならば、抱きしめてあげられただろうに。 「ごめんね、僕は一緒には行けないんだ」 「ええっどうして?!」 断られるとは思っていなかったに違いない。一変してうるりと歪んだ大きな瞳に涙がこぼれそうになっている。それが頬をぬらす光景を見たくなくて、彼は慌てて弁解した。 「いやっ、その、僕はね・・・実は、立体映像なんだ」 「り・・・??」 一口に説明しても、普通ならば通じることが子供にはなかなか理解できない。 「ほら、僕の髪や目、君と違って青い色してるだろう?」 つん、と自分の髪の毛を引っ張るようにして、その特異な色を子供に見せた。 光にかざすと青い色は一層淡く輝き、向こう側が透けて世界が青く映る。子供は黙ってじっとその風景を見詰め、大きな瞳は零れ落ちそうなくらい真ん丸く開かれていた。 「違うからこそ、触ったり、ここから移動したり、僕には出来ないんだよ。・・・ごめんね?」 その姿を愛らしいと感じながら、彼は最後にもう一度謝って、子供の表情を覗き込む。 果たして泣かせずに済んだだろうか? 恐る恐る確認してみると、先ほどまでとは違い真剣な表情になって体を乗り出している子供と視線がぶつかった。回路がショートするかと思うくらいに驚いて危うく飛び上がるところだ。 しかしここは意地で衝撃を押さえ込んで平静を保つ。 良く見れば乗り出した子供の身体は絡み合ったコードの束の上へ進み出ており、それ以上前に出ると躓きそうだ、と、つい関係のないことに気を取られてしまう。 自分を一心に見上げてくるダークブラウンの瞳に惹きつけられ、目が離せなくなっていた。 とてもまっすぐで、強い目。 すう、と息を吸い込んだ子供は、見守っている彼の気持ちなど知らずにまたしてもとんでもないことを言い出した。 「それじゃあ、オレも青くなる!」 「ええっ!?」 「だってお兄ちゃんの髪、とってもきれいだもん!」 キラキラと輝く大粒の宝石のような。その瞳の方がよほど素敵なものだと思うのだけど。 けれど、まぁ子供から見れば珍しい色が特別に見えることも頷ける。 驚きはしたが幼さ故の好奇心とまとめ納得しようとしたところに。 「お空の色、まるで空がここに入ってるみたいだよ」 「!」 畳み掛けるように続けられた、思いも寄らない言葉に。 彼は今日三度目の驚きを味わうことになったのだった。 普段は大人たちに囲まれて、それほど大きな感情の起伏も無く平穏に過ごしてきた彼にとって、この数時間の出来事はめまぐるしく変動することばかりだ。 きっと乗りものに例えればジェットコースター。 乗り慣れない者ならば目を回してしまうに違いない。 現在の彼の状況はまさにそれである。 (む・・・無理と言っても納得させる自信が無いし、でも肯定するわけにもいかないっ) よく回るはずの電子頭脳も、先に目が回ってしまっていてはどうしようもない。 結局答えることは出来ずにうんうん唸っているうちに、捜しに来た大人たちによって子供は保護されていった。答えは出ないまま、騒動は一応のところ幕を閉じる。 もし次に出会ったとき、頭を青く染めていたりしたらどうしよう。 そんな不安を置き土産にして。 それからしばらく日々が流れ。 再会した子供の頭には、彼と同じ空の色。 青いバンダナが輝いていた。 --------------------------------------------- コメント▽ いきなりお題最後から初めてます(笑; 熱斗君は幼すぎて覚えてないエピソード。なのでこれはひっそりと彩斗兄さんだけの秘密なのです。トレードマークのバンダナには何かわけがあるのかなぁと思ったのですが。アニメでは取り上げられたことないしなぁ・・・と捏造してみました。 BACK |
![]() |
![]() |
![]() |