Secret Talk


 父と兄、と書いて父兄。
 フケイサンカンというのは、お父さんかお兄さんが来ることなんだってさ。じゃあお母さんやお姉さんじゃダメなんだろうね。





「父兄・・・参観?」

 授業参観じゃ無くて?
 暗に込められた続きの言葉を汲み取って、熱斗は大きく頷き肯定した。

「そうそう。いまどき使わないよなぁーこういう言い方」

 けれどプリントには見間違うことも無くでかでかと「父兄」の文字。昨今はほとんど使われなくなったこの言葉だがプリントを作成した先生が古風だったのか、それとも単なる気まぐれか。
 別に父兄と言われたところで保護者全般を指し示す言葉なのだから、母のはる香に見せればいいのだが、熱斗はその文字をにらみつけたまま「うーん」と難しそうに唸っていた。

「どうしたのさ、熱斗くん」

「いや、あのさぁ〜」

 歯に物が挟まったようなはっきりとしない喋り方は彼らしくない。
 何かをしきりに気にしてチラチラと見る視線をセンサーで追ってみると、それはどうやらダイニングに居るはる香の行動を覗き見ているようだった。

「もう、変な熱斗くんだなぁ。はっきり言いなよ!」

「うわっ、あまり大きな声出すなよっ」

 痺れを切らしてPETの中から呼びかけると、思ったよりも大きく響いたその声に跳ね上がるように反応し、とたんにプリントを握り締め階段を駆け上がる。

「熱斗ー? どうかしたの?」

「ううん、なんでもないー!」

 慌しい足音に気付いたはる香が階下から叫んでいたが、熱斗はかまわず部屋の扉をバタンと閉めると、そのままずるずるとドアから滑り落ちてしゃがみ込むと。

「はぁ」

 と、大きなため息を一つ漏らしたのだった。

「・・・熱斗くん、本当になんだっていうのさ」

「あ、ごめんごめん」

 走ったときに勢い良く振り回してしまったせいか、画面の中で頭をさする(どこかにぶつけたのだろうか、とても細かい設定がナビには備わっている)ロックマンに謝って、熱斗は傷がついたわけでも無いが、PETの側面をいたわる様に数回撫でた。

「あのさあ、ロックマン」

「ん、何?」

 それからまた少しの間黙り込み、再びため息がひとつ。今度は心を落ち着けるための深呼吸だ。
 ひとごこちついて、ようやく話す体制が整うと熱斗は口を開いた。

「このプリントのこと、ママには内緒な?」

「ええーっ!?」

「うわ、だから声が大きいって!」

 驚きに思わず上げた悲鳴に、慌てた熱斗がPETの表面を手で覆う。それでも漏れる声は「どうして」とか「内緒ってなに?!」とか、そんな訴えが次々と飛び出してくる。

「いいから、ちょっと聞いてくれよ。あのさ・・・」

 そうして、熱斗から事情を聞きだしたロックマンは、彼の望むとおりその後はる香に参観の話を切り出すことはなかった。




***




 数日が過ぎ、何事も無く行事は巡り、そして父兄参観の日も当然やってくる。
 その日もいつもと変わらず、遅刻ギリギリの時間に起きた熱斗は朝食のパンをかじりながら玄関を飛び出した。

「いってきまーす!」

「はいはい、気をつけてね〜」

 ほんのりとしたはる香の声が背中からかけられて、それに送り出されるのが彼の日常だった。
 得意のローラーブレードで全速力。何とか間に合う時間帯だ。

「ほらほら、熱斗くん早くしないとチコクしちゃうよ!」

「うるさいなー。だいたいロックマンがちゃんと起こしてくれないから・・・」

「何言ってるのさ、起こしても起きなかったくせに!」

 腰に下げているPETの中から響く声と言葉を投げあいながらの登校は朝の風景の中で見慣れたものとなっていた。
 街角を行く大人たちも微笑ましい表情で、余裕のあるものは振り返り笑顔を、同じように朝を急ぐ人々はすれ違いざまに苦笑をしながら、駆け抜けていく一陣の風を見送るのだ。

「ほら、ほんとにチコクしちゃうよ!!」

「うわーやべぇっ」

 結局朝はギリギリで間に合い、けれど入り口で担任のまりこと鉢合わせした熱斗は休み時間にしっかりと注意を受ける羽目となった。
 ぶつぶつとしばらくは文句を言っていた熱斗だったが、休み時間が終わり、午後の参観が近づいてくるとさすがに落ち着かなくなってくるらしい。そわそわとあらぬ方向を見たりして授業中にも何度か注意されていた。
 そんな様子をやっぱり気にしてそわそわとしていたのがロックマンだ。
 何度も余所見を注意されている熱斗のことを画面から見上げ、複雑な表情でため息をつく。
 事情を知っているだけに、いつもの小言も出ては来なかった。

「・・・やっぱり。ごめんね、熱斗くん」

 先生が目を離した瞬間に、再び小さなため息を聞きとめてしまったロックマンは、決意を固めると小さな声で謝り、そっとラインからリンクを辿り教室を抜け出す。
 その呟きに熱斗が気づくことは無く、彼がいないことを知るのはその授業が終わった後になってからのことだ。




 だって、・・・・・・が、・・・・・・だから。




「・・・あれ? ロックマン??」

「どうしたの、熱斗?」

「いや・・・ロックマンが・・・」

 キョロキョロとアタリを見回してみるが、そんな場所に探す相手がいるわけでも無く。
 ふと気付いたPETの画面にはNOT FOUNDの文字。
 いつの間にかどこかへ出かけてしまったらしいナビの姿を求め、熱斗は机の端末からパチパチとキーを操作して、ロックマンの行き先を検索した。
 しかし簡単に見つかると思っていた痕跡がどこにも残っていない。
 通常の手段で外出したわけではない・・・何よりもオペレーターの指示も無く姿を消したことに、熱斗は眉を寄せて唇をかんだ。

「ロックマン、居ないの?」

 熱斗の様子を見て只事ではないと感じたのだろう。横からメイルも画面を覗き込んで話しかけてくる。それに頷きだけで返すと、熱斗は再びキーを叩こうと指を伸ばした。
 だが、その行動は脇から伸ばされた手によって遮られることになる。

「忘れ物だよ、熱斗」

「へ・・・?」

 つい口から漏れてしまったのは、振り向いた顔と同じく間の抜けた声で。
 やんわりとキーボードから押し戻された手には、固い機械の感触・・・量販用のサブPETが乗せられており、それを熱斗に手渡した人物は。

「さ・・・彩斗兄さんっ」

「うん」

 にっこりと微笑んで佇む、彼らと同じ年代くらいの少年。
 雰囲気は穏やかではあるものの、傍に居れば一目で血縁とわかるくらいに熱斗に似ている。
 そこまで説明するまでも無く、つまりロックマン・・・熱斗の双子の兄、光彩斗がそこに立っていたのだった。

「え、彩斗・・・サン??」

 メイルも突然現れた彩斗の姿に目を白黒させながら驚いている。
 2人の予想通りの反応にクスリと苦笑しながら、その手を放した彩斗は、周囲から好奇の視線をものともせず受け止めてケロリとした顔で返事をした。

「って、それ、開発中の・・・!」

「うん。だからこれは内緒」

 天使のような微笑で、言っている内容は確信犯。
 パクパクと口を開けたままあっけにとられていた熱斗も、彼がこのように実体を持って存在している事の重大性を悟り、慌てて彩斗の頭からつま先までを確認した。
 見たところ、異常な箇所は無いようだが・・・。
 そんな熱斗の心配もわかっている彩斗は、黙ってその行動を受け入れて、視線が通り過ぎたあとに「大丈夫だよ」と付け加えた。
 どこにも異常はない、と。

「一度使ったものだし。ボクだけでも十分に扱えるプログラムだったからね。ちゃんと全部実体化してるでしょ?」

「・・・うん」

 呆然とそれを聞きながら、熱斗は頷いていた。
 たしかに問題は見られない。
 まだまだ調整段階の、開発中プログラムを無断で使用することがどれだけ危険なことか、知らない彼でもないだろうに。

「・・・・・・パパに怒られるんだから」

「だから、内緒、ね?」

 悪戯が成功したような表情で、ナイショとポーズをとる彩斗の悪びれない仕草に、とうとう熱斗も苦笑させられて。

「わかったよ。パパたちには秘密にしとく」

「そうこなくっちゃ!」

 こつん、とこぶしをぶつけ合って、それが了承の合図となった。




 ・・・って、   が・・・寂・・・・・るから。




 放課後。
 恥ずかしいからとしぶる熱斗の手をなかば無理やりに繋いで、2人の少年がゆっくりと道を歩く。
 夕闇にはまだ遠い時間だけれど、人通りはそれほど多くも無く、秋原でもそれなりに有名になってしまった熱斗が、そっくりな顔をした彩斗と並んでいても気に留める人間はまず居なかった。
 それを見越していたのだろうか、どこか堂々とした面持ちの彩斗を見つめながら、熱斗は黙って手を引かれるままだ。

「あ」

 ふわりと風が吹き抜けて、前髪を揺らしていった。
 気がついてみれば家の近くの公園前までやってきていたらしい。この場所は熱斗のお気に入りでもあり、時間があれば寄り道をしてここで風にあたっていることが多かった。

「すこし寄り道して行こうか」

 まるで心を読んだかのようなタイミングで彩斗にそういわれて、つい反射的に首を縦にふってしまう。頷いてから気付いたものの、熱斗自身がもう少し彩斗とこうしていたいと感じていたので、別に訂正はしなかった。

「彩斗兄さん、どうして来てくれたの?」

 疑問に思ったことを素直に口にする。
 今日が父兄参観、というのはお互いに知っていること。
 けれど熱斗はただ「父兄参観のことを黙っていてくれ」と頼んだだけであって、決してこのように彩斗が来てくれることを望んだわけではない。
 そもそもこうして彩斗が授業に立つなどと想像もしていなかっただけに、驚きは大きかった。

「熱斗があんまり寂しそうだったから、居ても立ってもいられなかったんだよ」

「えっ・・・」

 まさか顔に出ているとは思っていなかったので、慌てて熱斗は両手を頬に宛がい隠す。
 ・・・今更そんなことをしても無駄なことではあったけれど。
 そんな子供っぽい仕草を見て、彩斗はますます可笑しいとばかりに笑い出した。

「わかりやすいんだって、熱斗は。あれだけため息ついてばかりじゃ何も知らなくても変だって気づくと思うけど?」

「そ・・・そうかなぁ?」

 弱ったように聞き返せば、間髪いれずに「そうだってば」と駄目押しがついてくる。
 そこまで単純と言われては少しひっかかるところもあるのだけれど、こうも全部言い当てられては反論する隙も見つからない。

「まあ・・・確かに、そうだったかも知れないけどさぁ」

 仕方なく、これ以上つつかれないためにもと熱斗は大人しくみとめることにした。

「熱斗が言ったんだよ」

「オレ??」

「うん。「寂しいだろう」って・・・」

「あ・・・」

 その言葉は確かに覚えがある。
 そう、父兄参観のプリントを渡された日に。




 ねぇ、ロックマン。
 この参観のこと、ママには内緒にしてくれよ。
 だって、ここには父兄って書いてあるんだ。
 父兄ってのは保護者のことだって? それぐらいのこと、オレだってちゃんと知ってるってば。
 けど、さ。
 これを見ると考えちゃうだろ。
 ずっと留守にしてるパパのこと。
 帰って来れないパパのこと思い出して、ママが寂しくなっちゃうだろ。
 だから。
 このことはオレたちだけの内緒にしよう。
 頼むよ、ロックマン・・・。




「それはママが、寂しいだろうって・・・」

「寂しかったでしょ。熱斗も」

 その気持ちも確かに心の中にあって。
 自分でも気付いていなかった僅かな寂しさをはっきりと指摘されて、ぐっと押し黙った。

「寂しいと思う気持ち、それはママじゃなくて、熱斗の気持ちだよ」

「兄さん・・・」

 本当はすごく嬉しかったのだ。
 クラスメイトたちの家族が来ている中、自分だけが一人だなんて、少し嫌だった。
 だけど、帰って来れない父親に学校へ来てくれと我侭を言うほど、聞き分けのない子供ではなく。
 そんな父の帰りをいつも待つ母親に、父兄参観の話が切り出せないほど、心根が優しくて。

「オレ、今日は彩斗兄さんが来てくれて、本当はすごく嬉しかった」

 自分の気持ちは奥底にしまいこんで、知らないふりをしてしまえるくらいに、ほんの少しだけ大人だった。

「それじゃあボクはそろそろ戻ろうかな」

「・・・もう戻っちゃうの?」

 聞き出したいことを全部聞き出して、満足げに微笑むと彩斗は、腰掛けていた石段から反動をつけ勢い良く立ち上がった。
 PETの中へ戻るのだ。
 急に立ち上がった彩斗を見上げ、熱斗は名残惜しくてつい引き止めるような言葉を零してしまう。いつまでもこうしている訳にはいかないのだと知ってはいても、別れというのは慣れないものである。

「今日はね。けどいつでも此処から見てるから」

 つい、と指し示したのは、熱斗が腰から下げている青いPET。
 サブPETは鞄の中にしまってあるけれど、この青いPETは常に傍から離さないようにしているので、そのままケースに入れていたのだった。

「いつも熱斗の傍にいるからね」

「うん・・・ありがと、彩斗兄さん」

 極上の微笑みを返すと、彩斗はそれを受け止めてより一層に楽しそうな笑みを浮かべ。

「・・・・・・!?」

 風がさらうように、髪をかき上げた仕草のまま、そっと唇を寄せた。
 確かに触れた温かな熱は、母親がおやすみの挨拶によくくれたものと似ていて。

「さっ・・・彩・・・っ」

 ばたばたと両手を振り回して動揺している熱斗に、また悪戯をしかけたときと同じ表情で言い放つ。

「ほんとにほんと、今日のことはパパたちに内緒だからね!」

 そして言うだけ言うと、まるで何事もなかったかのようにその姿は掻き消えたのだった。
 後に残されたのは、ひたすら挙動が不審な小学生がひとりだけ。

「・・・そんな、口止め料みたいなことしなくても。絶対言わないって!」

 真っ赤な顔を抑えながら吐き出された言葉は、再起動を知らせるPETの電子音に重なって。熱斗の耳だけに響き、消えた。




---------------------------------------------
コメント▽
書き出したら予想外に長く;
詰め込みたいネタが後から増えてなかなか書きあがらず、お待たせしてしまいました(汗)
すみません!生身の彩斗兄さんってリクを頂いたのですけど、半分くらいロックマン混ざってます;;;(いちおう連載しているお話よりも後という時間設定)
ようやく普通に甘いような彩熱を書けた気が・・・。けどどのあたりまでエグゼ的にOKなのか判断できなくて微妙にセーブ(笑)

→この小説は、1000hitのキリバンで、たらみ様へ捧げさせて頂きます。


BACK