うそつきの日


 嘘は笑えるくらいが良い。
 他人を楽しませるためにつく嘘には悪意が無いから。
 騙すのと、嘘をつく、というのは微妙にニュアンスが違う。
 けれど気がつかないうちに、その嘘が誰かを傷つけることになったとしたら?
 気軽についた嘘は軽くても、懐へ戻すことは叶わない。
 それが大切な人を悲しませることだったら、それはどんなに悔やむことだろうか。




「エイプリルフール??」

「なんだよー、熱斗、知らなかったのか?」

「呆れたわねぇ。日付くらい覚えてなさいよ」

 久しぶりの集合。たまたま休みの都合が重なり、懐かしの秘密基地で皆と会うことになった。
 比較的近いジャワイならば時折遊びにいけるものの、遠いキングランドともなると中々行き来するわけにもいかず、お馴染みの面子が集まるのは久しぶりのことである。もちろん断る理由もなくて、放課後すぐに待ち合わせの場所へと向かったのだが。
 変わらぬ面々で机をぐるりと囲んだ体制で、到着早々に手痛い4月馬鹿・トラップにひっかけられた熱斗は、悪戯成功に歓声をあげる仲間たちにきょとんとした顔で問い返した。
 さすがにエイプリルフール自体は知っていたものの、最近の事件続きですっかり日にちの感覚が無くなっていたところへの出来事だったので、一瞬わけがわからず呆けてしまったのだった。
 調子はずれな反応に、すっかり肩透かしをくらってしまったやいとが、やれやれと呆れたようにため息をつきながら傍らのカレンダーを示してみせると、確かに日付は4月1日。

「ああ、そっか。もうそんな時期だったんだぁ」

「もう熱斗ったら。せっかく皆で考えたのに張り合いないわね」

「・・・人を騙しておいて、何威張ってんだよ」

 上目遣いに睨み上げた先に立つ幼馴染の少女は、熱斗の視線をものともせずに腰に手をあて、むしろ誇らしげに見返してくる。

「何言ってんのよ。エイプリルフールって言ったら嘘をつく方が偉いに決まってるじゃない」

「な、なんだよその理屈・・・」

 自信満々に言い放っているものの、まったく根拠も裏づけも無かった。
 しかし。

「当然のことよっ。だって、今日は嘘をつくためのお祭りですもの!嘘をつくのが普通なんですからねー」

 やはりきっぱりと言い切るメイル。
 高らかに笑いつつびしっと指先を突きつけて、まるで舞台にでも立ったような台詞回しでさらなる勝利宣言までされてしまった。
 なんだか悪いものに酔っているような・・・いや、酔っているのかも知れない。この特別な日に、テンションに。
 逆らうのもある意味無謀な気さえしてきて、熱斗はとりあえず大人しく頷いておくことにした。

「わ、わかったよ・・・騙された俺の方が悪かったんだろ」

「悪いってわけじゃないけど、間抜けよね」

「うんうん」

「ぐ・・・っ」

 立て続けに好き放題言われたが、ぐっとこらえてやり過ごす。
 いつもならば流れに乗って言い返したりもするのだけれど、今日は確かに特別な日だ。熱斗自身も祭りごとは大好きな部類に入るし、エイプリルフールにつかれた嘘にひとつひとつ怒って返すのはルール違反にもなる。
 大体、はめられたとは言うものの性質の悪いものでは無くて、単純に受け流せるような些細なものだった。
 始めは驚いて、笑われて腹はたったけれど、それが祭りであると知れば現金なもので一緒に楽しくなってくる。

「まあ、それだったら俺も何かつきたいよなぁー、嘘」

「てっきり熱斗のことだから、もう何か仕掛けてあると思ってたぜ」

 デカオの言うのももっともで。
 毎年のことならば、真っ先にクラスで騒ぎの中心になっていたり、手の込んだ悪戯で周囲を楽しませていたのは他でもない、この熱斗であった。

「うーっ・・・ちょっと最近忙しかったんだよ!」

 それは嘘ではなく、本当。
 デューオの地球抹殺やらアステロイドの暴走やらとネットセイバーとなった熱斗の毎日は多忙を極めるものなのだ。侵略者たちに唯一対抗できる手段がクロスフュージョンだが、その技術もまだまだ未完成で、ごく一部の人間にしか扱えていないのが現状である。

「・・・ま、あんただったら色々事情があるんでしょうけどね」

 さらりと流して話題を変えたのはやいとだった。
 彼女のネットワークを使えば熱斗がネットセイバーであることは勿論、いま地球各地で起こっているデューオの脅威のこととて既知の事実であることだろう。
 しかし、わざわざ隠そうとしていることを暴くような無粋な行為はしない。
 力を持っていてもその使いどころを大きく誤ったりしない、そんなところが彼女の美点でもあり、そして熱斗たちがやいとを好ましく思う所以でもあった。
 熱斗はやいとの細かな気配りに心の中で感謝しつつ、話題を変えようと口を開きかけた。
 ・・・のだが。

 ピピピピ

 見事なタイミングで、PETから鳴り響いた電子音。
 その聞き覚えのあるアラームに、口を「あ」の形に開きかけたまま熱斗は気まずそうに仲間たちをぐるりと見回した。
 完全に全員の注目は、彼の腰・・・にあるPETへと注がれている。

「あ・・・あはは、電話みたい、かも」

「熱斗くん・・・科学省から、連絡だよ」

 同時にPETから聞き慣れた声が、追い討ちとばかりに確定宣言をしてくれた。
 先ほどからのやり取りにはあえて口出ししなかったロックマンだが、緊急を知らせるアラームが鳴ってしまっては黙っているわけにもいかず。申し訳なさそうな声で控えめに呼びかけたのだった。
 ちらりと熱斗が周りを伺うと、ぱっと慌てて皆が視線をそらす。
 その仕草に「あはは・・・」と苦笑いをしながら。

「ごめん、大事な用事が入ったから今日は俺抜けるよ」

 と、両手を合わせて頭を下げた。
 いくら地球の危機だと言っても、前からの約束を反古にするのは申し訳なかった。

「ああ、いーって別に」

「そうよそうよ、行ってらっしゃい」

「気をつけてね」

「がんばってー」

 けれど、口々に仲間たちからは快く了解を告げる言葉と、さらには激励までもが飛び出して。

「う、うん。ありがと」

 たじたじながらも頷いて、熱斗は駆け出しながら首をがっくりと項垂れた。

「・・・やっぱ、みんなにバレてるよ全部ーっ」

「熱斗くん隠し事下手だからねぇ」

「あーくそっ、せっかく皆で集まったってのに!予定も色々あったのに!・・・しかもしかも、エイプリルフール俺だって遊びたかったぜーっっ」

 アステロイドのバカヤローっ

 雄たけびのように反響するその声に、半ば自棄になっている熱斗の様子を見てロックマンはやれやれと困ったように肩をすくめたのだった。

「もう絶対許さないぞアステロイドッ」

「まあ気合入れることは良いんだけどね」

 あまり暴走してくれるなと、オペレーターの熱の入りように多少の不安を覚えながら、前方に見えてきた黒い影と立ち込める煙に意識を切り替える。

「いくぞ、ロックマン!」

「うん!」

 ぴんと伸ばした指先に輝いた、2人のクロスフュージョンを可能にさせるシンクロチップ。
 流れるような動作でそれをスロットへと運び込む。

「クロス・フュージョン!!」

 眩い光に包まれて、「彼ら」は真っ直ぐに黒煙の中へと走りこんでいった。




***




 赤黒く燃える煙がどこまでも高く立ち上り、遠くではサイレンの音が聞こえている。
 その音を感じ取り、閉じていた目をゆっくりと開いた。




 アステロイドを操って騒ぎを起こしていたオペレーターは真っ先に逃亡。待ち構えていたネット警察に取り押さえられていたために、現場では実体化したアステロイドが命令も無くただ暴れていた。
 しかしそのアステロイドも実体化してはいたものの強敵というほどではなく、間も無く熱斗とロックマンの力により撃退されて事件は終わるものと思えたのだが・・・。
 最後の最後で油断した熱斗が爆風に巻き込まれさえしなければ。

「いててて・・・」

 クロスアウトした時にロックマンもそれなりの衝撃を受けたため、一瞬意識が飛んでたのかも知れない。PETの中で顔をしかめながらヨロヨロと立ち上がり、熱斗を呼ぶ。

「熱斗くん、大丈夫?」

 オペレーターである熱斗の無事を確認することが、彼にとっての最優先事項だ。クロスアウトする前に吹き飛ばされたので大したダメージは無かっただろうけれど、自分と同じように目を回している可能性もあったので、自然と声は心配を含んだものとなった。

「おーい、熱斗くーん」

 何度か伺うように呼びかける。
 しかし、返るべき声が一向に無いことにロックマンは顔色を青くした。
 もしや今の戦いで何所か傷めたのだろうか、と慌ててセンサーであたりを探索するが、焦っているせいか中々目的の人物をとらえることが出来ない。

「ちょっと、冗談でしょ、熱斗くん!」

 声を張り上げて・・・PETのボイスボリュームを最大にして叫んだロックマンは今かと返事を待つ。
 その声はすんなりと降ってきた。

「あはは、ビックリしたかロックマン?」

「ね、熱斗君・・・」

 へたりと力が抜けたように膝をついて、見上げたモニターの向こうには、鼻の頭に擦り傷を作った少年が元気そうに笑っている姿があり、その無事を確認してようやく本当に安堵のため息をつく。

「もう、心配させないでよ。居るんだったらすぐに返事してよねっ」

 見たところどこにも大きな怪我もなさそうで、ロックマンは涙目になりながら熱斗を睨み上げた。

 本当に無事でよかった。
 そう思ったのに。

「ちょっとした冗談だってば。ほら、エイプリルフール!」

 そのカラリとした笑顔で、笑えない冗談を聞いた瞬間、ぷつりと何かが切れて。
 ボリュームを下げることも無く最大音量のままでの絶交宣言が、巻き上がる煙に増徴されるように響き渡った。




 信じられない。




 不満の色を浮かべた顔のまま、熱斗は膝を抱えてベッドの脇に座り込んでいた。
 現場の処理は大人たちに任せて。夕暮れも過ぎる時分だったこともあり、子供である熱斗はアステロイドの件が片付けばまっすぐに家へと帰された。
 とぼとぼと元気のない足取りで部屋まで戻ると、そのままぺたんと床に座り込んで。
 もう外は遠くまで見通せないくらいに暗く待ちの灯りがぽつぽつと点っているだけだった。

「なんだよ、そんな怒ることないだろ」

 鼓膜を破るかと思える声で叫んで、そのまま姿を消してしまったロックマンに、文句をつけたくても聞かせる相手が不在では言葉に力も入らない。

「ほんとロックマンはカタいんだよなぁー。エイプリルフールってわかってんのかよ」

 明かりもつけず、暗く陽が落ちた時刻に室内を照らすものは無かった。
 唯一PETから漏れるぺき明かりも、今は沈黙を守ったままだ。

「馬鹿。4月バカじゃなくて、ほんとバカ」

 時計の針はもうすぐ日付を越えるかと思える頃。
 こんなにも遅い時間に、オペレーターの指示も無く姿を消すなど、通常のナビであればありえないことである。
 はじめのうちは拗ねているだけだろうと思って放っておいた熱斗も、さすがにこの時間となればソワソワと落ち着きをなくして、先ほどからずっとPETの画面を凝視し続けていた。

「・・・俺も、バカだったけどさ」

 実は、アステロイドの爆発に巻き込まれて、一瞬気を失っていたことは本当だったのだ。
 けれど軽い脳震盪程度で済みすぐに気がついたし、起き上がろうとしていたのだけど。そこにロックマンの声が聞こえてきて・・・ちょっとだけ、悪戯心が出てしまった。
 少しだけ脅かしてやれれば良いな、と。
 アステロイド事件のせいで仲間たちとの予定はキャンセル、せっかくのエイプリルフールも楽しめずに事件は減るどころか増える一方。
 そんな諸々の事情が重なり、熱斗もさすがに鬱憤が溜まっていたわけで。
 ついつい、やりすぎてしまったと今なら反省するのだけれど。

「でも、あんなに怒るとは思わなかったんだよ」

 確かに笑えない冗談ではあったが、まさかここまで怒るとは予想外だった。

「謝りたくても、居なきゃ何も言えないじゃん」

 時計はいまも進み、もう少しで針は重なり合う。
 膝に抱え込んだPETの画面に、ぽたりと落ちた雫が小さな染みをつくった。

「ごめん・・・ごめんってば・・・ねぇ、ロックマン」

 ずずっと鼻をすする音はなんとも情けなく響いたけれど、構わずに熱斗はぎゅっとPETを抱き寄せて、ついた涙を袖で拭う。きっとロックマンが居れば「うわ、鼻水つくってば!」と騒いだだろうか。それとも心配そうに眉を下げて、「泣かないでよ・・・熱斗くん」と慰めてくれただろうか。
 どちらにしてもいまここに無いことを仮定しても、ただの幻想に過ぎなかったが。

 ピロンっ。

「ロックマン?!」

 また大きな雫がこぼれるか、と思ったとき、前触れ無く画面に浮き上がった起動音にパッと顔を上げた。目をいっぱいに見開いたせいで、浮かんでいた涙が細かな粒となってはじけ散る。
 待機状態のままだった暗い画面が一転して明るく浮き上がり、その中に求めていた相手の姿を見つけて、また泣きたくなった。

「・・・・・・熱斗くん」

「ロックマン、俺・・・っ」

 涙でにじんだ視界の向こうで、緑の瞳が沈んだ面持ちの中ふせられるが、熱斗はとにかく謝らなくてはという考えでいっぱいだったために気がつかない。
 泣いたせいで呼吸がはずんで、うまく言葉に出来ない熱斗よりも、先にロックマンが言葉を発した。

「あまり気分の良いものじゃないね、やっぱり嘘なんて・・・」

「えっ」

 てっきり相手がまだ怒っているだろうと思っていたところに、聞こえてきたのは穏やかな声で、熱斗は目をぱちりと瞬いて目元を擦る。
 涙を拭うといくぶんか視界がはっきりとして、そこで初めてロックマンの表情が見えた。
 怒るというよりも、とても悲しそうな顔。
 何かをこらえているような瞳は、熱斗とは違い涙に濡れてはいなかったけれど、それでも同じように悲しい気持ちを抱えているのはわかる。

「ごめんね、熱斗くん。ボクのほうこそ、ごめん」

 仕返しに笑えない嘘をつき返したのだ、とロックマンは語った。

「けど、それは自分自身も痛いばかりで、良いことなんて何も無かった」

 大切な人を泣かせてしまっただけ。
 それは自分自身何よりも辛いことで、今更ながらしてしまったことを後悔する。

「俺も、すごく嫌な気分だった。あんな嘘、冗談でもついちゃいけなかったんだ」

「うん、そうだよね」

 ごめんね。
 嫌いなんて嘘だよ。
 そう囁いて、ロックマンは光る画面の境界にそっと指先を滑らせた。
 触れることはできないけれど、画面から優しく零れ出る光はまるで慰めるように髪を撫でていく気がして、熱斗は目を閉じる。

「ほんとゴメン・・・ロックマン」

「うん。大丈夫、もうわかってるから。熱斗くん・・・」

 好き、と続けようとするロックマンを制して、

「待って。あと少しだけ」

 指を立てて沈黙を促した。
 今にも言葉を発しようとしていた彼は、そんな熱斗の仕草を不思議そうに見かえす。

「どうして?」

 不思議そうに尋ねる声に、答える代わりそっと時計を示して。

「あと少しで、明日だから。・・・いま言ったらエイプリルフールになっちゃうよ」

 秒針が進む動きを目で追いながら「ね?」と首をかしげる動作は子供っぽくて、可愛らしい。
 冗談めかして笑った泣きべそに、ロックマンは今度こそ愛しそうに微笑みかけ。
 かちり、と時計の針が重なる瞬間。

「誰よりも好きだよ」

 針と同じように二人の言葉も重なった。




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コメント▽
4/1にアップしたいと思ってたんですけど、一日遅刻です。エイプリルフールなネタでロク熱。
泣き虫熱斗くんですみません;; 実際そう簡単には泣かないと思います、彼は。ロックマンは熱斗くんに甘いので、そんな意地悪はしないと思うんですけどきっと一度怒らせると根深いタイプな気がして、こんな展開となりました。

→この小説は、1500hitのキリバンで、優香様へ捧げさせて頂きます。


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