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やくそく 昔から、家にいる時間の方が少なかったパパ。 「パパはお仕事が忙しいのよ」 そういって寂しそうに笑うママの顔を見ていたら、自然と自分からパパの話題は出さなくなっていった。 「ただいま熱斗。いまから少し散歩でもしようか?」 けれど滅多に時間が取れなくてもパパのことが大好きなのは、こうして少ない休みを自分の為に使ってくれるから。 愛されている、という実感がそこにはあったから。 だから、パパのことも、ママと同じくらい大好き。 *** 「熱斗くん、もうそろそろ帰らないとママが心配するよ」 あたりは夕暮れ時を迎えていても最近の気候は安定していて、肌に触れる風は優しく温かい。 草むらに寝転がって流れる雲の染まる様子を眺めていた熱斗に、ロックマンはため息をつきながら数度目の忠告を繰り返した。 「別に・・・良いだろ、あとちょっとぐらい」 「それ何度目だと思ってる?いい加減にしないと本当に暗くなっちゃうよ」 言われている間にも、遠くのビルの頭ほどにかかった夕日が今にも隠れてしまいそうだ。日が落ちればこの近所は電灯も少なく、住宅からもれる明かりだけで歩くには小学生ひとりには多少物騒ともいえた。 「平気だよ。家まですぐなんだからさ」 歩いて僅か数分の距離。 通いなれた熱斗にとってはなんてことない道のりである。 そこまで心配されるほどのものではない、と強く言い張るのだけれど、いかんせんこの保護者兼ナビゲーターのロックマンは融通の利かない部分があり・・・。 「ダメっ」 「うう・・・」 ぴしゃりと言い放たれた言葉に押され気味になり、熱斗は口を尖らせながら子供っぽい反抗心を主張してみた。 別に熱斗とて、意味も無く母親に心配をかけたくてこうしているわけではない。そもそも今日は普段よりも特別な日なのだから、なおさらのこと。 「誕生日、なんだけどなぁ」 「だから熱斗くん、なおのことママがご馳走用意して待ってるでしょ」 「・・・そうだけどさ」 はあ、と憂鬱なため息が漏れる。 今日は熱斗の誕生日で、はる香は家で子供の帰りを待ちながら、ケーキやご馳走に腕をふるっているに違いない。 本来ならば喜んで早く帰宅するはずの日なのだ。 「ねぇ・・・帰ろうよ」 しかしいまや太陽は完全に姿を消して、空には白く無数の星が光を灯しはじめている。それでも重い腰は地についたまま、熱斗はPETの画面に映したメールをぼんやりと眺めていた。 そこには忙しい中で何とか書いたのであろう、謝罪の言葉。 「すまない熱斗、大切な仕事が入って予定通りに帰れなくなった」 「熱斗くん・・・」 すらすらと、もう文面は覚えてしまっていたために、読み上げるのではなく暗唱してみせて。淡々と口を動かす自分を見つめているロックマンの方が、落ち込んでいるように見えるのは何だか可笑しかった。 「別に、怒ってるわけでも落ち込んでるわけでもないさ」 嘘は言っていない。 確かに一年に一度だけの特別な日であり、クリスマスも正月も会えない日が続いたって、せめてこの日だけは・・・と思わなかったわけでもないけれど。 でも・・・。 「パパの仕事が忙しいのは、ロックマンだってわかってるだろ?」 いまに始まったことではないのだ。 どれだけ寂しいと主張したところで、それは相手を困らせる我侭にしかならない。それならば、と熱斗は考えを転換することにしたのだった。 普段会えなくて寂しい、よりも。 たまにでも会えたときはいっそう嬉しい、に。 「まあ・・・確かに、今日は急に予定が変わっちゃったから、残念だったけど」 ただそれだけだから。 そう言って、弾みをつけて立ち上がった。 そろそろ帰る気になったのかと笑顔を浮かべかけたロックマンに、歩きながらPETを操作すると熱斗は傍にあった公衆電話にプラグを差し込む。 「ママがやっぱり心配してるだろうから、大丈夫だって知らせておいてくれよ」 「ええーっ」 絶対であるはずのオペレーターの指示に、ロックマンは思い切り不満そうな声で返事をした。 熱斗のためになることならば喜んで引き受けよう。しかし、そうでない、または熱斗自身を害する可能性がある場合は、自分の意思で反論することもできるのだ。 はる香に心配をかけないためにも連絡を入れるのは良いことだが、そのあいだ暗い道に熱斗を一人にするのは抵抗がある。 「平気だってば。本当に心配症だなぁ、ロックマンは」 「そんなこと言うけどね・・・」 また小言をいうのでは、と気配を感じた熱斗は問答無用で転送指令を出し、ロックマンを電脳空間へ送った。強引であとから何を言われるかわかったものではないが、とりあえず「お願いだから!」と伝家の宝刀お願い攻撃で援護射撃をしてプラグを抜いてしまう。 これでロックマンはPETに戻ってはこれない。 かなり無理やりな手段だったので、さすがに申し訳ないとも思ったけれど、はる香が待っていることも考えると、やはり連絡はしておきたかったのだ。 「な、頼むってば、ロックマン」 「もう・・・仕方ないな」 ひときわ不機嫌な声をあげながら、それでも回線へ姿を消したロックマンに感謝をして、とりあえずは安心だと息をつく。 なんだかんだと言って熱斗の「お願い」は断りきれないらしく、最後には我侭をきいてくれることが多い。後からよほど怒られるとはわかっていたけれど、そんな後のことより熱斗には今が肝心だった。 「あーあ」 すとん、と階段に座り込んで大きくため息をつき、熱斗はロックマンがいなくなったPETの画面を覗き込む。 新着のメールは0件。 放課後には何件か、仲間たちからお祝いのメッセージが入ってきていた。 待っているメールはひとつだけ。 けれど、それが届くことはたぶんないのだろう。 「我侭言ったら、もっと一緒にいられるのかなー・・・」 ロックマンにならばいくらでも我侭をぶつけることができるのに、何故か祐一朗に対しては同じように出来ない。口に出す前に一歩引いてしまうクセがいつの間にか染み付いてしまっていた。 子供ながらに熱斗は、父の仕事がどれだけ重要なものかを理解していたのだ。 そして同時に、それを誇りにも思っている。 「仕方・・・無いさ。だって仕事だもん」 その言葉を何度こぼしたことだろうか。 言い聞かせるように唱えても胸の痛みは消えなかったけれど、それでも自分を納得させるために繰り返した。 どれだけ強く願っても、それを口には出さなかった。 でも・・・。 「けど・・・誕生日くらい」 一度くらい、声に出しても。 「明日じゃ意味ないんだ。だから、今日は約束だったのに」 いまは誰もいないから、少しだけ。 せきを切るとぽろぽろとこぼれる想いはとめどなくて、熱くなった目頭をぎゅっと押さえて俯く。 悲しいわけではないのだけれど、会いたいと強く感じる想いが自分でも押さえ切れなくて、熱斗は肩を震わせた。 簡単な言葉だけれど、いままでずっと奥にしまっていた言葉を、思いと一緒に唇に乗せる。 「帰ってきてよ、パパ・・・っ」 「熱斗!」 きぃん、と耳を打った力強い声に、信じられないと目を見張って熱斗は立ち上がり振り向いた。 「・・・・・・パパ!?」 コートを着て仕事帰りの格好のまま、家の方角から走ってきたらしい祐一朗の息は少しあがっている。 よほど急いできたのだろう。眼鏡が半分ほどずり下がって、それすらも気がついていないのか真っ直ぐに瞳は熱斗を捉えていた。 駆け寄ると驚いて立ちすくんでいる熱斗の肩をがっしりと捉まえ、その顔を見るや否や安堵したのか長く息を吐き出してようやく落ち着く。 「ただいま熱斗」 「どうして・・・仕事は? パパ、仕事があったんでしょ」 戸惑いながら尋ねるとにっこりと笑顔で「大急ぎで片付けてきたよ」と答えられる。 そのあまりにも甘くしまりの無い笑顔に、熱斗はぐらりと眩暈がした。 大変な仕事が入ったのは事実だ。つまりそれをたった半日で片付けて、当日中に帰って来たというのだろう。 世界に名だたる天才科学者、光祐一朗の才能は、息子の誕生日を祝うための時間を割くため惜しみなくふるわれたに違いない。 「急いで家に帰ったのに、ロックマンだけが先に戻ってて熱斗はまだだっていうから、びっくりしたよ」 ちょうどロックマンが家に伝言を運んだタイミングと、祐一朗の帰宅は同時だったらしい。すぐ近くの公園だとしても夜道を子供がひとり、親が心配するのは当然のことだ。 それですぐに家を出て、ここまで走ってきたのだと説明された。 「帰ってこれないと思ってた」 「どうして?」 まだショックが抜けきらずぼんやりと呟くと、祐一朗は肩に手を置いたまま膝をついて、視線を熱斗の目の高さに合わせ覗き込む。 やさしそうに微笑まれて、こんなに近くで顔がみれるのは久しぶりのことだったので何だか照れくさくなり身動ぎした。 「だって・・・メールで・・・」 仕事がはいったと見た時点で、きっと本日中には帰れないだろうと思っていたのだ。 だからこんなにも早く片付けて帰ってきてくれたのは嬉しいことだけど、それよりも驚きの方が大きい。 戸惑っている熱斗に、祐一朗は微笑んで、そえた手を引くと大きな腕に包むよう抱き寄せ、言った。 「約束しただろう? 誕生日だから今日は帰る、って」 「でも・・・!」 いくら子供との約束といっても、科学省の仕事は社会の安定を守るために欠かせない、重要なものである。だからそれに比べれば家の事情なんて・・・。 「熱斗」 ぴたり、と唇をそっと指で押さえられ、熱斗は続く言葉を止められた。 はじめからずっと変わらぬ穏やかな祐一朗の笑顔は、見ていると段々と落ち着いてくる温かさを持っていて。 「すまない熱斗、パパが不安にさせてしまったんだね。言葉が足りなかったから、誤解させてしまった」 最初から仕事をすぐに片付けて帰るつもりだったんだよ。 祐一朗がそういったので、熱斗は驚いて押さえられた唇から「えっ」と声を漏らしてしまった。 そんな仕草を笑いながら、祐一朗はそっと指を離して頷く。 「急いでメールを打ったから説明が足りてなかったんだ。仕事が入ったけれどかならず今日中に帰るって意味で送ったんだけど・・・」 本当に説明不足である。 熱斗は呆れてあいた口がふさがらなかった。 だったらどうせ打つならば「遅くなるごめん」で良いではないか。 「仕事を片付けようと必死だったから、その後も連絡できなくて」 まったく、もう少し他にもやり方があっただろうに。 そう思いながら、それでもいまここに祐一朗が居てくれることが嬉しくて、熱斗は。 「ううん、嬉しいよパパ」 そう告げて微笑み返した。 まるで物語のように見事なタイミングで、本当に「願い」が届いたのかと思って驚いたのだ。 来て欲しい、と強く願った想いが届いたのかと・・・。 たとえ偶然だったとしても、本当に嬉しくて背中に両手をまわすと、きゅ、と抱きしめ返す。 答えるようにぽんぽんとリズム良く背中をたたかれて、まるで小さな子をあやすような仕草だと思った。 「ならば約束しよう、熱斗」 ぴ、とひとつ指を立てて内緒話のように耳を引き寄せる。 こそこそと耳をくすぐる声は心地よく、そのまま眠ってしまえたら幸せかも知れない。 「これからいつまでも、熱斗の誕生日はかならず一緒に居よう」 確証の無い、約束をひとつ。 「電話でもメールでもない。必ず、この声で直接に」 でもきっとこの約束は守られると思ってしまうのは、自己暗示だろうか。 「おめでとう、って言うよ」 耳に響く優しい音。 温かい体温とてのひら。 このうえなく甘い言葉に、ほろ酔うようにそっと頷いた。 「それじゃ、約束」 「うん、約束だよ、パパ」 その約束はまだ破られたことが無い。 --------------------------------------------- コメント▽ お待たせしました!親子ほのぼのです〜。 前半ずっとロックマンばかりで焦りました; 熱斗くんにはパパのことをずっと考えててもらって、それで甘えさせてあげたかったんですよ。 リクエスト内容をクリア出来てるか不安なのですが、頑張りました☆ →この小説は、5000hit感謝企画でリクエスト頂きました。ありがとうございました! 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