晴れのち、???


 天気が崩れ始めたのは夕方ころからだった。
 その日は特に用事も無かったため、真っ直ぐに家へ帰って時間を持余していたのだ。
 犯罪組織WWWを倒し平和を取り戻した秋原町は今日ものどかで、退屈と言ってしまえば贅沢な悩みだったけれど、依頼掲示板にも新しい書き込みは無くて。
 珍しく宿題も早くに終わらせてしまった熱斗は、暇ならば久しぶりにホームページの模様替えでもしようかと思い、ロックマンと相談しながら作業を進めていたのだった。

「ロックマン、そっちのファイルは削除して、新しいのに置き換えて・・・」

「熱斗くんここはもうちょっと明るい色の方が良いんじゃない?」

 キーボードを叩きながら指示を出す熱斗と、それに答えながらカラーチャートを開いて提案するロックマン。
 共同で進める作業は大変というよりもむしろ楽しいもので、次々と新しい風景に書き換わっていくサイバースペースの中を、青いシルエットが忙しそうに往復していく。
 そんな光景をブラウザの外から眺めて、熱斗はそろそろ休憩をしようかと席を立った。

「そろそろ休憩しようと思うんだけどさ、そっちも一度作業を止めれない?」

 声をかけてみると、走っていた影がぴたり、と止まって。

「あ、こっちももうちょっとだから。熱斗くんは先に休んでてよ」

 一度手をつけたものはきちんとしないと気がすまない、几帳面な性格をしている相棒は作業を中途半端にしておけないようだった。
 とはいえ、こちらがそれを待っていたりすると今度はそっちに気を遣いだすので、熱斗は素直に「それじゃあ、お先に」と軽く一声返すと飲み物を取りにその場を離れることにする。
 戻る頃にはロックマンの作業も終わるはずだから、足早に階段をパタパタと下りていった。

 そんな時だ。
 前触れ無く雷鳴がとどろき、突然ドーン!という大きな音。

「うわあっ!?」

 振動が足元に伝わって、驚いた熱斗はよろめいてジュースをこぼしてしまった。
 けれどそんなことに驚く余裕も無く。

「ロックマン!」

 落ちた。
 確実に、すぐ近くで、雷が。
 PCの電源は入ったまま。直撃しないとしても、通常のアースでは衝撃を防ぎきれないこともある。

「おい、大丈夫か、ロックマン!?」

 叫びながら駆け込んだ熱斗が部屋の中を確認すると、そこにはショートした電源ケーブルと、真っ暗になったモニターだけで。
 なによりも無事を知らせて欲しい相手の声は、返ってこなかった。

「ロックマン、ロックマン!」

 真っ暗になってしまった画面にしがみつき必死で呼びかけるが、完全に動きを止めたその箱からは声も出るはずがない。
 電源を伝えるはずのコードは僅かながら黒い煙を上げながらパチパチと音をたてており、それがいっそう焦燥を煽る。

「っくそ、ここじゃダメだ・・・!」

 バンッ、と机を叩き。吐き捨てるように叫ぶと熱斗は必要なものを掴み取ると仕度もそこそこに走り出していた。
 一刻も早く行かなければ。

「・・・ロックマンっ」

 暗く沈黙し、ヒビが入ったPETを握り締めて。不安を押さえ込むように息を詰めると、踵を返し走り出した。




***




「参ったなぁー・・・」

 一方、電脳空間にて。
 突然のショートと通信の遮断。幸いホームページの作業中でインターネット内に居たためプログラムには何のダメージも受けることなく済んだが、熱斗とまったく連絡が取れないことに、ロックマンは困り果ててため息をついた。
 おそらく心配していることだろう。

「急いで家に戻ったほうが・・・ううん」

 乗り出しかけて、思いとどまる。
 きっと向こうとてすぐに探しに来るはずだ。ならば、ここでむやみに動くことは逆に行き違いになったり見つけにくくなったりする可能性があるため、得策ではないと考えた。

「・・・おとなしく、ここで待ってたほうがいいか」

 何事もない、平和な1日のはずだったのに。
 なにがいけなかったのだろうか。

「こんなトラブルって普通無いよねえ」

 本当に、ついてない。




***




 ふわり、とゆらぐ風景が切り替わり、視界が色を取り戻していく。
 電子データに分解されて自らが読み取られていく工程はあまり慣れるものではなく、気持ちが悪い、と感じて顔をしかめた。

「そろそろ秋原エリアか」

 いつもは画面の外から見慣れた電脳空間でも、実際に歩くのとはまったく場合が違ってくる。
 淡く発光して続く透明な通路は気をつけないと足を踏み外してしまいそうだし、空はどこまで行っても同じデータの川が流れているように見えて同じところをぐるぐると迷ってしまいそうだ。
 また、慣れない場所を歩くのも大変だったけれど、何よりも。

「おっと」

 さっと身体を低くして、その辺のジャンクデータの後ろに隠れる。
 メット、メット、とおなじみの声を出しながら行進していく丸い影は、幸い熱斗の存在には気づくことなく通り過ぎていった。

「ふぅー、危ない危ない」

 油断は禁物だ。
 戦う術を持たない熱斗は、ウイルスに出逢えば物陰に隠れてやり過ごすくらいしか出来ないのだから。
 それほど脅威となる強いウイルスはこのあたりにはいないけれど、それはもちろんバトルチップを扱えるネットナビにならばいえることで、バトルになれば今の熱斗はひとたまりもない。
 だからこそ、身を隠しながらこうして慎重に進んでいるのだ。

「こんなこと、パパたちにばれたら怒られるんだろうなぁー」

 勝手に拝借してしまった、科学省の設備。
 WWWとの戦いで熱斗自身も一度使ったことがある、この精神を電脳世界へ飛ばすことができる機械・・・。

「押収した、パルス・トランスミッション・システム。勝手に動かしちゃったし」

 家を飛び出してメトロに乗り込んだ熱斗はまっすぐに科学省へと向かった。
 科学省がWWWの基地から回収して解析を進めていたことを偶然にも熱斗は父の祐一朗から聞かされていたのだ。それを即座に思い出し、ロックマンの元へ行くために断りも無くシステムを起動させて・・・今に至る。
 きっと後で大目玉を食らうだろうことは知れていた。
 それを考えると、ちょっぴり早まったかなとも思うのだけれど。
 とにかく急いでいたのだから仕方ない。後でひたすら謝ろうと開き直り、安全を確認すると物陰から立ち上がった。
 せめてPETが無事だったら、もっと話は簡単だったのだ。
 PCもPETもあの調子ではロックマンを回収することも出来ない。それどころか、端末としても使えないため、彼の現在位置を検索することもかなわなかった。
 そしてPETが無ければ軌跡をたどることも出来ず、結局一番早いと思ったのが、直接迎えにいくという方法。
 これならば場所を確認するだけではなく、何かあった場合に直接手助けすることも出来るから・・・。

「無事だとすれば、きっとあのままホームページにいるはず」

 あても無くインターネットへ出たりはせず、おそらくロックマンならばその場で待機することを選ぶ。そう思うからこそ目的地は迷わず熱斗のホームページ、つまりインターネットの秋原エリアにしたのだ。

「うわっ、と」

 余所見をしていたら、足元のタイルにつま先を引っ掛けて転びそうになった。おっとっと、とバランスをとって立ち直りながら熱斗はふう、と額を拭う。
 下はどこまで続くかわからない、データの川が広がっている。
 上も、同じく。
 ここは現実世界とは観念の違う電子の迷路、迷い込めばナビではない熱斗は永遠に彷徨うことになるのだから、つま先ひとつぶん先にある断崖に冷や汗が出た。

「下が見えない・・・」

 再び慎重に歩き出しながら、熱斗はその下の空間を覗いてみる。
 どこを見ても意味のわからない道や障害物ばかりで、ひとり歩くのは心細かった。いつもならば一緒にいるはずのロックマンが、いま居ないせいだろう。

「こんな風に見えるんだ」

 こんな場所を、常に歩き、そしてここで生きているのだ。
 彼と同じ運命のもと生まれるはずだった、血をわけた兄は。

「・・・・・・」

 すた、すた、と。
 自然と、足取りは速くなっていく。
 早く彼に会いたかった。
 いますぐに無事を確認したい。
 同じ場所にいまならば立てるのだから、同じ目線の高さで、名前を呼びたい。
 ・・・手に、触れたい。

「ロックマン・・・」

 その名前ではなくて。

「兄さん」

 ただひとつ、自分だけに許された呼び名で。

「彩斗・・・兄さん」

 あと少しの距離がもどかしい。
 その間を詰めるように、熱斗はいつの間にか駆け出していた。
 秋原エリアの黄色いメインストリートがまるで導いてくれるように、光って見える。そこを一気に駆け抜ければ目指すエリアはすぐそこだ。

「・・・!」

 あと少し。
 本当にもう目の前なのに、ふ、と体の上に影が落ちる。
 建物の下に入ったわけではない。影に入ったというよりは、熱斗の上に影を落とす「何か」が横切った感じだ。

「しま・・・っ」

 焦ったせいで周囲が見えていなかった。
 気をつけなければと思っていたのに・・・。

「メットール・・・!」

 丸い巨体がひとつ、覆いかぶさるように立ちふさがって。
 ざざっ、と地面を削ってけむりを巻き上げ、熱斗は立ち止まると舌打ちする。この直線通路では、どこにも逃げようがない。

「・・・・・・・・・っ」

 彩斗兄さん!!

 ぎゅ、と目を瞑る瞬間、熱斗は強く叫ぶように、その名を呼んだ。

「ロックバスター!」

 揺らぎない声が響き応える。
 貫くようなその言葉を追って、閃光が目の前を走りぬけた。
 それは寸分も外さずにウイルスの核となる部分を打ち砕き、熱斗の前に庇うような形で飛び込んだ人物は振り返ると、座り込んでいる相手へと駆け寄る。

「大丈夫!?」

「どうして・・・?」

 目を丸くしながら見上げる熱斗は、ここに彼がいることに納得できず、戸惑いながらも呟く。
 ロックマンは駆け寄り上から下まで熱斗の無事を確認すると、大きく息をついてぺたりと膝をついた。
 
「どうしてこんなところに一人で来たりしたんだ!」

 一歩間違えば怪我ではすまない。

「防衛プログラムも持たないのに、人間の精神が無事でいられるわけないじゃないか。さっきみたいにウイルスに襲われでもしたら・・・!」

 興奮気味に説教するその剣幕をみて最初はおされ気味の熱斗だったが、ふと思い出せばことの原因は・・・。

「なっ、何いってんだよ!そっちこそ、雷は落ちるし連絡は取れないしで・・・心配したんだからな!!」

 すごくすごく心配したのは自分のほうだ、と主張するように胸をはり、負けずに叫び返した。
 こうして無事な姿があるから良いものの、さきほどまでは本当に心配でたまらなかったのだ。
 泣きそうな顔で見上げれば困ったようにロックマンは笑い、ふわりと柔らかい頬を挟むように手を添えた。

「心配してくれたのは嬉しいよ。けど、あまりボクを驚かせないで」

「・・・ごめん」

 触れられていると段々と落ち着いてきて、安心すると同時に相手にも心配をかけたのだと自覚する。そのことを素直に謝ると、笑いながら「良く出来ました」と頭をくしゃりと撫でられて、そのくすぐったさに目を細めた。

「びっくりしたよ。大声で呼ぶから、何事かと思った」

「そんな・・・聞こえるはずないのに」

 いくら秋原エリアだからといっても、熱斗のホームページがある場所はまだ先のほうだし、そもそもホームページのなかにいれば外の声も届かない。
 聞こえるはずの無い声なのに。

「キミの声なら、どこにいたって届くよ」

 それでも確かに彼の耳には届いていた。
 こうして、駆けつけてくれたのが現実だ。
 いつだって心に響く互いの声。それはどんな距離があってもさえぎることはできないから、と自信満々に答えられて。

「なんだよ、まるで口説き文句みたいで変なの」

 あまりに気障な言い回しが似合わなく、恥ずかしくなって熱斗は苦笑した。

「さ、あまり遅くならないうちに帰ろう」

「あ、そういえば科学省にいるんだった!」

「えっ、科学省からアクセスしたの!?」

「うん・・・そうだけど」

 あまり長い間、電脳空間に人の身でアクセスすることもあまり良くないだろう、そう思って帰るように促したのだが、さらには家から科学省までも行ったのだと知り、ロックマンは眩暈がした。
 確かにパルストランスミッションが出来る場所といえば、現在システムを保管している科学省しか考えられないけれど。
 いまは夜。
 とうの昔に科学省は受付時間も過ぎ、閉鎖されているはずではないか。

「参考までに聞かせてもらうけど・・・どうやって夜の科学省に入ったの?」

「えーと、入り口のキーはパスワードを解除して普通に。あとはセキュリティーがあるからダミーとトラップを置いて・・・」

「・・・・・・もういい」

 途中まで聞いてすでに頭が痛くなり、さらに続こうとした説明は遮った。
 これがばれたら祐一朗に説教される程度の事態では済まないのではないだろうか。仮にも最先端の技術を誇る科学省が、小学生に容易く侵入されたとは。

「それにしても、直接来なくたって、科学省の設備を使えば簡単に検索くらい出来ただろうに・・・」

「あ」

 言われてたったいま気がついたのか、口を「あ」の字に開いて固まった熱斗の顔をやれやれと思いながら見る。
 これほどのことを簡単にしてのける技術を持っていながら、どこか抜けているのだから。
 まあ見つかれば大変なのだろうけど、逆に言えば「見つからなければ」大丈夫ということでもある。

「誰にも気づかれてないよね。ならば早く帰ろうか、ママも心配してるだろうし」

 そう言いながら立ち上がると、まだ座り込んでいる熱斗に手を差し伸べた。
 その手を取って自分も立とうとした熱斗の動きを無視し、ロックマンは反動をつけさらに強くひっぱる。

「ええっ!?」

 予想外に強く引かれて悲鳴をあげた熱斗は、ぐるりと視界が回ったかと思うと次の瞬間にはロックマンの腕の中に納まっており・・・。

「ちょ、これ・・・っ」

 お姫様抱っこの状態で抱え上げられて不本意そうに情けない声をあげた。

「待ってくれよ、帰るなら俺もオペレーションするから」

「いいから黙ってて」

 反論するもののにべもなく断られてしまい、軽々と固定された体は揺らぎもしない。
 同じくらいの体格なのにどうやってるんだ、と悔しくも思いながら、どうやら相手には降ろす気もシンクロする気もないのだと悟らせられる。

「フルシンクロして行けば十分安全だし、バトルチップだって・・・」

 さらに言い募ろうとした口をぴたりとてのひらで覆って塞ぎ、「ふぐっ」と唸った熱斗に問答無用で歩き出す。

「たまには、おにいちゃんに任せておきなさい」

 にっこりと無敵の微笑みを見せられてはそれ以上の抵抗も無駄だ。
 それはどんな言葉よりも殺し文句で、いっぱつで熱斗を黙らせてしまう力を持っていた。
 しかし大人しく頷くのも癪だから。
 抱き寄せられた腕につかまった手を少しだけ強く握り返して答えたのだが、それだけで十分通じたのだろう。

「それじゃあ行くよ、しっかりつかまっててね」

 確認する声が一度だけ聞こえて、浮くような感覚とともに地面が離れるように見えた。
 この場所から移動するのに転送が始まったためだ。

「熱斗の足跡を消さないといけないから、ちょっと回り道してくよ」

 そういってアクセスログを探し始めたロックマンに、熱斗は「いらないよ」と短く返す。

「あと残すなんてへましてないもん」

 そう言いながら子悪魔のように微笑んでみせる。
 この弟は・・・と思いながらロックマンも手間が省けたなと、真っ直ぐに帰れる経路へとすばやく変更した。苦笑しながら抱き上げる腕に力を込めて。

「帰ろうか」

 二人一緒に、データの流れへ身を任せた。




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コメント▽
またまた時間長くお待たせしてしまいました;
彩熱なのですが、ほとんどロックマン呼びですみません(汗) うちの熱斗くんは大事な場面でしか「彩斗」と呼んでくれないので、通常はいつも「ロックマン」なのです。けれどこれでも彩熱で・・・彩熱で・・・よろしくお願いします(平伏)
この兄弟は大きな壁がある(住んでる世界が違う)ので、接触させるために何をすればと毎度頭の悩ませ所です;;; 彩斗兄さんが実体化するのはいつも書いてるので、今回はエグゼ3のあれで。
そろそろネタに無理が出てきそうですよ。どうしましょう・・・(笑)

→この小説は、5000hit感謝企画でリクエスト頂きました。ありがとうございました!


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