5.

 上を見上げるものの、差し込む光は手が届く距離ではなくて。

「さんざんだ」

 うんざりとした口調で呟くとがっくり肩を落として項垂れた。
 熱斗はいま小さな穴の底にはまっていたりする。

「くそー・・・それもこれもみんな、ロックマンが悪い!」

 前方不注意で走り回ったあげくに、破棄された排水溝の存在に気づかず見事に落っこちた・・・というのは、ロックマンのせいではないのだが。けれど苛々の根本原因だからと全部彼のせいにして、少しでも気を晴らそうとしてみる。

「・・・ばか」

 そんなことを言ったところで何の解決にもならなかったし、余計に気は滅入るだけだったけれど。
 ぱしゃん、と水を跳ね上げて熱斗はつま先を壁に軽くぶつけた。
 四方は硬いコンクリートの壁。
 足元には雨が溜まったのか靴底を濡らす程度の高さまで水が残っている。そんな場所に座るわけにもいかないので仕方なく立ったまま、来るかどうかわからない人通りを待って、もうどれ程たったことだろう。

「せめて端末があればなぁ」

 見回してもネットワークに繋がっていそうなものは何もない。破棄された、というだけあって相当に古いらしく、唯一目の前にそびえたつ大きな鉄製の扉は頑丈なロックがかかっていて引っ張ってもびくともしなかった。
 型式が古いために、内部はネットワークに対応していないようでこちら側からコントロールができず、熱斗にはお手上げ状態だ。
 PETを持っていればいくらでも助けを呼べたのだろうけど、喧嘩して飛び出してきたタイミングで運悪くいま熱斗は外部と通信する手段がない。

「あーっ、もう! 信じらんねー!!」

 ぐしゃぐしゃと頭をかきむしり、地団駄を踏みたかったけれど、それをすれば水溜りで悲惨な目にあうのは自分自身であるため、実行に移せなくてさらにストレスが溜まりそうだった。
 とりあえず、待っていても埒があかないので出来ることを行動に移してみることにする。
 少し距離があるけれど、やってみる価値はあるだろう。
 熱斗は靴を脱ぎ捨てると壁を掴んでよじ登り始めた。
 スニーカーの靴底では濡れて滑る可能性があるためだ。木登りをするときだってはだしの方がやりやすいし、熱斗自身も木登りは得意だったためするすると壁を上っていく。
 しかし、それでも枝葉のある木とはやはり違って。

「わわっ」

 ばっしゃーん。

 そう上らないうちに手がかりが無くなって、また底まで逆戻りすることとなった。

「うううー・・・ついてない」

 あまり高さが無かったおかげで怪我もなくすんだが、すっかりと水浸しになってしまって情けなさに怒りを越して涙がでそうだ。
 これは上るのは無理だろうと判断した熱斗は、時間がかかっても人がくるのを待とうと作戦を変更する。この近くには工場があって、そこには毎日人が行き来しているのだ。待っていればきっと誰かが傍を通るに違いなかった。
 ・・・ところが、不運というのは続くもので。

「げ」

 足元の水がいつの間にか足首よりも上まで来ている。
 どこかからか水が流れ込んでいるのだ。

「やばいって、本気で・・・っ」

 このまま悠長に助けを待っている場合ではなくなったかも知れない。
 この水がどこまで溜まるかにもよるが、楽観はできないだろう。

「ろ・・・ロックマン〜」

 思わず喧嘩して飛び出して来た、相手の名を口にする。
 ネットワークが接続されていないこの場所へは、どうやったとしても来れないのだとわかっていても。

 かさっ

「・・・!誰か上に?」

 草を踏む音に気づき、光の注ぐ頭上を見上げた。
 逆行を浴びてそこに佇んでいたのは・・・。

「うさー」

「・・・・・・お前かよーっ」

 ぴょこり、と小さな耳を真っ直ぐに立てて大きな目をキョロキョロさせながら、穴のふちからこちらを覗いている。

「うさ!」

 今回の喧嘩の原因となった、ウサ耳のチビ熱斗が、そこに居た。

「そうか、お前はビデオマンがつくったコピーだから」

 ネットワークに左右されず、こうして電子機器の中から外へ出て実体を持つことも可能なのだ。小さくてもその能力は健在らしかった。

「って言っても、お前一匹がいたってなぁ・・・」

 ロックマンの元へ助けを呼びに行ってもらうという手もあるが、それよりも早くこの水が上まで来てしまう可能性が高い。腰近くまで来た水に、こくりとつばを飲み込みながら熱斗は上を仰ぎ見た。
 たとえ、そうだったとしても。

「おーい、お前!ロックマンに俺がここにいるって伝えてくれないか!?」

 できることはやっておきたい。
 やるだけやって、ダメだったらそのときにまた何か考えれば良いのだ。
 そう思って熱斗は叫んだというのに。しかしやはりウイルスには言葉は通じなかったのか、そのチビは予想外の行動に出た。

「うわぁ!?」

 ぱしゃーん。

 なんと、飛び込んできたのだ。
 熱斗がいるこの穴の中に。

「何考えてるんだよーっ」

 これでは助けを呼んでもらう望みも、絶たれたようなものだ。
 何を考えてるのかと文句を言おうとしてキッと見下ろした熱斗は、水に浮く小さな体を見て目を丸くした。
 ぱりぱりとまとわりつく青白い雷光がはじけるたびに、ウサ耳の端の輪郭が透けて崩れる。

「馬鹿・・・お前、水に触れたらデータが・・・!」

 ビデオ映像の天敵でもある水だ。
 触れれば記録されたデータが消えてしまうのだと、今までの戦いの中で嫌というほどわかっていたから、慌てて熱斗はその身体をすくい上げようとする。
 けれどそれを振り切るように身体を翻して。

「うさぁ!」

 鉄の扉に向かい伸び上がった小さな全身が、一瞬まばゆく閃光を放つ。
 その眩しさに目をかばいながら、熱斗はその光が扉にぶつかって泡のように弾け飛ぶのを、はっきりとみた。




つづく。
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いつの間にかもう第5話・・・つぎでようやく完結です。


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