4.

「なぁロックマン、やっぱりこのまま置いておくわけにはいかないよ」

「そんな、熱斗くん・・・ひどいっ」

 ぎゅうっと腕の中の小さな存在を抱きしめて。
 それほど締め付けたら苦しいのではないかと見ている方はハラハラするが、締めているロックマンはそれどころではないらしい。
 ネットワークの片隅で震えていた子犬・・・ならぬ子ウイルスを拾ってきたのは、つい先日のことだ。
 科学省には内緒でいまは熱斗のPCの中に匿っているが、元々アステロイドであるビデオマンの攻撃で発生したウイルスである。気安く子供が持っていて良いとは思えなかった。

「科学省に連れて行ったら、データ解析に回されて・・・この子がどんな目にあうかわからないんだよ!」

「そうは言うけどさぁー・・・」

 頑として首を縦に振らないロックマンに、困り果てたようにため息をつく熱斗。
 そう。この小さな小さなウイルスは頭の上にあるウサギの耳を除けば熱斗そっくりの姿をしており、その周囲曰く「可愛らしさ」がロックマンのハートにもプラグインだったのかどうかはわからないが、強く執着してしまい放そうとしないのだ。

「パパたちも、そんな酷いことはしないと思うけど」

「そんなこと言っても、敵のウイルスだもの・・・最悪デリートされちゃうかも・・・っ」

 自分で言っていて怖くなったのか、いっそう抱え込むようにうずくまって、PCの中で篭城状態に入ろうとしている。
 確かにロックマンの言うことも一理あった。
 普通のウイルスと違い、これはビデオマンの技で作られたものだ。だからそのデータを分解して解析すれば、次の戦いのときのために対抗手段を見つけることだって可能なのかも知れない。
 そのことを考えれば、確かに科学省がこのチビのことを放っておくとは楽観視出来なかった。

「そんなこと言うなんて・・・熱斗くんも、この子がどうなっても良いって思ってるんでしょ!」

「そんなことないって・・・!」

 興奮しているロックマンは、まるで傷ついたわが子を守る野生の母狼のように画面の中からこちらを睨んでいて、あらぬ誤解に熱斗は慌てて否定する。
 けれど正常な判断がとれなくなっていたのだろう。
 ロックマンは熱斗の言葉を聞きもせず、叫んでいた。

「そうに決まってる! デリートしたってこの子はデータだから、熱斗くんは何とも思わないんだ!!」

 ひゅっと息を飲み込む。
 その言葉は、データであるロックマンにだって言えることなのに。
 本当に・・・熱斗がそう思うと考えているのだろうか。

「あ」

 口走ってから言い過ぎたことに気がついたのか、慌てて口を押さえ込んだのだけれど、もう遅い。

「熱斗くん!」

 静止の声が届く前に部屋のドアを閉めて、階段を勢い良く駆け下りていた。
 何が何だかわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。

 データだから、何とも思わない?

「そんなわけ、ないだろっ」

 家も飛び出してがむしゃらに走り続けながら、悔しさにじわりと涙が滲んできたので乱暴にそれを袖で拭い取った。
 話の流れでお互いが熱くなりすぎた、ただの口論なのだと、頭の片隅では冷静に判断している自分がいる。
 けれど何よりもあの言葉をロックマンの口から聞かされたのが、悔しくてたまらなかったのだ。









「・・・そんな、ボク・・・」

 呼び止める間も無く出て行ってしまった熱斗を追いかけることも出来ず、呆然と佇んでいたロックマンは先ほど叫んだ言葉を反芻する。

「ボク・・・そんなつもりじゃ」

 そんなことを言いたいわけではなかったのに。
 ただ、この子が小さくて弱いので、守ってあげたかっただけで。

「熱斗くん・・・!」

 そのことで頭がいっぱいで、一番守るべきひとを傷つけてしまうなんて。
 熱斗がどんなものに対しても優しいことなんて、誰よりも知っていたはずなのに、詰るように言葉の刃を向けてしまった。
 思い出してぶるりと頭を振ると、PCに命令を送り回線を開く。

「ここで待ってるんだよ?」

 小さな体を地面に下ろし、言葉が通じているかもわからなかったが、気休めでもと一言残しておいた。

「うさ?」

 首をこくりとかしげている相手ににっこりと笑いかけてから、ロックマンはオープンになった回線へと飛び込んでいく。
 熱斗を追いかけるのだ。

「うさ・・・?」

 こくり、と不思議そうに首をかしげて。
 開かれた回線の向こう側へ消えたロックマンの姿を、小さな赤い目がじっと見送っていた。




つづく。
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急展開でした、第4話。
思ったよりも長くなっててびっくりです(笑)


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